嫦娥の花宴 | ナノ



別に、意味なんてなかった。






「ほんと、お前のその行動力は底無しね」
『あれ…悟浄…?』
「よっ」


まっすぐに伸びる、水平線。

真っ赤に染まった夕陽が、少しずつ役目を終えて沈む頃

休日に足を運んだこの場所は、いわゆる穴場で人は滅多にいない。

消えていく光に気をとられていたら、背後から聞き慣れた声で振り返った


「ケータイにかけても出ねぇんだもんよ」
『あ…そう言えば携帯…家に忘れてきたかも』
「もしもぉーし?携帯の意味分かってンの、友香」
『お財布も家だね』
「…カギは閉めてきたんだろうな」
『それはバッチリ』
「はあー…んで?」
『ん?』
「今度はどーしたよ」


バイクのエンジンを止めて砂浜に降りてきた彼が、遠くに視線を流すから

私もおんなじように視線を飛ばして、消えていく光に眸を細めた


私の起こす行動の大半は、自分で言うのもあれだけど、

殆ど意味と言う意味を成さないことが殆どだ。

思い立ったが吉日、なんて。

聞こえはいいけれど、要は何も考えていないだけのこと

それなのに、彼は、いつも。

ふとした瞬間に途切れる私の居場所を追って、わざわざ迎えにきてくれるのだ


…どうしていつも居場所が分かるのか、とても不思議だけれど。


『…空は青いでしょう?』
「おう。青いな」
『そして海も、青いでしょう』
「この辺は確かにまだキレイな方だな。東の海岸と比べりゃゴミも少ねェし?」
『空と海の境界線が見てみたかったの』
「ははッ、なんだそりゃ」


きっと、三蔵あたりが聞いたら絶対に流し目の一つでも寄越すのだろう。

でも、彼は…悟浄は、違う

笑ってくれるのだ。

意味なんてなにもない、私の奇行とも呼べるようなこんな現実でも


『今日は仕事お休み?』
「まァな。華のGWだ、一日ぐれェ休んでもバチは当たらねーだろ」
『それは言えてる』
「世の中は大型連休だぞ?それなのにコッチは毎日パソコン相手って…色気もなんもねえよ」
『悟浄はモテるのに思考が残念だよね』
「なんだとコラ」


風に揺れる真紅を、なんとなく見つめていれば。どうしたよと笑う声

それに小さく首を振ってからまた海へと視線を戻せば、後ろに伸びる影の大きさが変わっていく


…不思議。


『よく場所が分かったね』
「あー…まァな」
『なに、その歯切れの悪い反応』
「別にそんなんじゃねえよ。…ただ、」
『ただ?』
「お前、昔っから一人になる時は夕暮れ時だっただろ」
『…』


そう。不思議なのだ。

一人で見ていた夕陽よりも、こうして二人で見る時の方がキレイに見えるのも

悟浄が、私のほんの些細で小さなクセを知っていたことも。

勿論誰かに話したこともないし、気付いた人だって今までにいなかった

ふらりと何処かへ"何か"を求めて彷徨うとき、とうしてか。

いつも見つめる視線の先には夕陽が在るってことも



『……意外と目敏いよね』
「おー、ホメ言葉として受け取っといてやるよ」
『ホメて伸びるタイプだっけ』
「貶されて伸びるヤツもいねぇだろ」
『負けず嫌いな人とか』
「んじゃ、三蔵か」
『彼なら貶された途端ハリセンで殴り飛ばしそう』
「相手は確実に病院送りだな。頭部殴打で意識不明とか?」
『負けず嫌いも大事だね』
「アイツをからかうのも命懸けってコトよ」
『そのうち襲いかかってきそうだ』
「拳銃持ち出してとか、な」
『うわ…ありえる』


ふしぎ、フシギ


彼の意識のほんの片隅にでも、私が存在していたことが。


「なーにしてんの」
『サンダルを脱いでいます』
「因みに脱いでどーすんですかオネーサン」
『海と戯れてみようかと』
「…やっぱりお前なんかあっただろ」
『うお、冷たい』
「ってオイ!人の話し聞けっつの!」
『足首までだから、ヘーキ』
「女が体冷やしてどうすんだよ」
『む。そんなこと言ったら夏に女性は海もプールも行けなくなる』
「だからっていまの時期に水浴びはどーなのよ」
『夕陽が反射してキレイ』
「…ダーメだこりゃ」


呆れた声で天を仰いで大きく嘆息。

バシャバシャと両手に片方ずつサンダルを持ちながら、跳ね上げた透明

大きな大きなオレンジが、半分ほど眠っていた

風に踊るプリーツのスカートが翻る。踊って、揺れて、舞っているかのように

苦笑う悟浄はいつの間にかハイライトに火を灯していて。

吐き出された白煙が、ゆらり、ゆらりと、昇るのを見つめてから


『物好き』


眸を細めて笑ってやった。


「…なーにがよ」
『知ってて此処に来るコトが』
「…」
『世話焼きなのも大変だねぇ』
「別に誰彼構わず世話焼いてるワケじゃねえけどな」
『そうなの?』
「そーなの」
『じゃあやっぱり、物好きだ』
「そう思うンならスマホぐらい持ち歩けっての。おかげでこんな場所まで探しに来るハメになんだぞ」
『だって、うるさいから』
「ん?」
『オトがうるさいの』
「…マナーモードにしときゃいいんじゃね?」
『ソッチじゃないよ』


不思議そうな視線が向けられてから、背を向ける。

ただ少しだけ、本当に、少しの間だけでよかったから。

すべてのものから隔離されてみたかっただけ


繋がりも、オトも、コエも、なにも届かないような場所まで

辿り着いてみたかっただけなんだ。


人は生きていくうえで様々なコトに繋がりを保ちながら生活している


だからこそ。


「…あー、なんとなく分かったわ」
『悟浄って実はエスパー?』
「おうよ。それも友香限定でな」
『うわあー。それは高くつきそうだね』
「ははッ、次の飲み会持ちで手を打ってやるよ」
『おに!』


跳ねる透明と、昇る白。

眠る橙は笑う深紅を照らしゆく


来る漆の空に金が瞬けば、ほら。


閉じられる世界がオトをなくした








響くのは、何処かへと誘うような海鳴りだけ。










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