嫦娥の花宴 | ナノ





遠く離れて、会いたいときは

月が鏡に、なればいい







「いいなそれ、誰の詩だ?」
『一休禅師』
「一休って…あの一休か」
『そうだよ、とんちの一休さん』
「へえ。そんな粋なものも詠んでたのか」
『素敵だよね。男女の仲でも、親子の仲でも通じるの』
「確かに」


オレンジ色の、微かな灯りがともる寝室で。

ベッドに揃って寝転がれば、頭に浮かんだらしい言葉が紡がれた

抱きしめた腕の中、見下ろせば。

眸を細めて微笑う友香


今度はなんの本を天蓬に借りたのか。

文学が好きな友香はその日読んだ本の噺を教えてくれる

今日はどうやら、主役は一休。

小さな唇から紡がれたその言葉は、 きっと。

昨日まで出張で傍に居てられなかった俺へのメッセージ


「月が鏡に、か。なるほどな…そうすりゃ、夜に見上げりゃ友香に会えるのか」
『ふふ。テレビ電話よりロマンチック』
「通話料金もかかんねえし、一石二鳥だな」
『夜通し起きてなきゃだね』
「あー、けど、お前はちゃんと途中で寝ろよ?じゃないと体調崩すから」
『捲簾とお話しがしたいです』
「…やっぱこの先出張全部断るか」
『それじゃお仕事にならないよ…?』
「お前に寂しい思いをさせるよかマシ」
『少しくらい我慢できます』


大丈夫だよって、笑う声。

長く潤った黒糸に指を通せば、くすぐったいと肩を揺らす

職業上仕方のない事と言えばそうなるが

出来れば一日だって彼女と離れていたくはないのに

今回の期間は一週間。大分寂しい思いをさせてしまった

俺自身も、含めてだけど


『捲簾が出張のときは、これから毎晩月をみてるね』
「そのうち月にまで嫉妬しそうだな」
『捲簾が?』
「お前の視線を独占してるってことだろ?」
『ふふ…その"先"に居るのは、捲簾だよ?それでもですか』
「それでもなんです」
『困った旦那様ですね』
「んなもん、今さらだろーが」


腕のなか、閉じ込めて、覆い被さる

触れる体温のあたたかさだけで、目眩がしそうなほどに

ねだるように唇を塞げば、眦下げて困り顔。その小さな手は俺の肩を掴む


『…、今日は、だめだよ』
「体調悪いのか?」
『そうじゃないけど…捲簾は出張帰りでしょ?今日くらいゆっくり休まなきゃ』
「残念。俺は充電式なんだなこれがまた」
『…っ、だめ、だめです…今夜は、寝るの…っ』
「一週間もお前に触れずに頑張ったんだ…褒美ぐれえ貰っても、バチは当たらねぇだろ?」


薄い耳元で囁けば、小さく鳴いて震えた体

その隙に滑り込ませた掌で滑らかな肌に触れれば、だんだんと膜を張る眸

暖色の光りに照らされて、それは酷く扇情的だ


『…っ』
「そんなカオして睨んでも、可愛いだけだぞ」
『つ、疲れてるんだから…休めばいいのに』
「ムリ。多分もう、俺も限界」
『…』
「だから、な…?」
『ぅぅ…』


空いた片手で、指先を絡めるように握りしめる

感謝と謝罪の想いも込めて色付く頬に口付ければ、微かに微笑む口許

ゆるゆると肌を撫で上げれば、向けられた漆にだんだんと色が灯る


『お手柔らかに、お願いします』
「できるだけ善処します」
『あ、あてになりそうもないなぁ…』


困ったように笑うクセに、絶対に、拒むことはしないんだ

甘やかされてるなって、痛感する。

撫でてくれたてをとって、掌に口付ければ目元を赤らめて笑う

一休にもいたのだろうか。何にかえても守りたい、大切な存在が

だからこそ、想いを伝えるためにあんな歌を詠んだのか


遠く離れた場所にいる、この世でたった唯一の存在を想って






いつも、いつまでも。

手の届く場所にいて欲しいから…







―――――――――――――――――――――――――

(友香、出張決まったぞ)
(今度はどこなの?)
(取引先の本社がある京都だとよ)
(それじゃあ今度は長そうだね)
(安心しろ、お前も連れてくから)
(えっ!?)
(じゃなきゃあんな遠い場所になんか行かねえ!って言ってやった)
(な、なんでそうなるの…!)
(寂しくなくていいだろ?俺も、お前も)




そんなのだめと、慌てる様子の彼女を抱きしめた







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