最遊記小説 | ナノ



どう頑張っても消せなかった、あの時の胸の痛み


ずっとずっと、残ってる





悟浄はたぶん、バカなんだと思う
…俺が言うのもあれだけどさ。

「あ。」
「んー?」
「今夜の月、めっちゃでかい」
「…そーかァ?いつもと変わんなくね」
「でっかいって!だから星とかもあんま見えねーのかな?」

フクロウの鳴き声が遠くの方から聞こえてきた
滞在した町の宿屋…の、屋根上で
なんとなく寝れなくて起き上がったら、なんでか悟浄まで起きたから。
いつもそうなんだよなぁ悟浄って。ガッツリ寝てるくせに、俺が夜中とかに起きると絶対目ぇ覚ます
しかもどこ行くんだよって絶対聞いてくるから、トイレとか喉乾いたからって言うと右手ヒラつかせて「さっさと戻ってこいよ」の合図

でも、こーゆー時は悟浄も絶対ついてくる


…バカだよな。やっぱ。


「その手の話題俺に振るか?」
「え。だって悟浄女の人好きじゃん?」
「…、は?」
「女の人って月とか星とかさ、そーゆーの好きだって八戒言ってたから」
「…そこで何で俺に繋がるんだよ」
「え。女の人が好きなものとかなら悟浄も詳しそうじゃん」
「たまにお前の単純思考に殺意沸くわ」
「なんでたよー」
「お前がキョーミあるってンなら覚えなくもねぇけど?」
「…ん。」

俺のすぐ隣で寝転がる悟浄がからかうような口調で灯したタバコの火
嗅ぎなれたそれに違和感がなくなったのは、いつからだっけ
俺が悟浄を好きになる前からずっと吸ってたから…いつの間にか俺にも馴染んでたのかもしれない。
それなのに、どうしても今は胸の中のざわつきが広がるだけで。
なんだかぜんっぜん落ち着かない

…だからこっそり抜け出そうと思ったのに

ヘンなところで鋭いんだよ、悟浄は。


「んで?」
「んー? あ。コウモリ」
「食うなよ。ここんとこ俺と目ぇ合わせねえ反抗期猿は、いったい何が不満なんでしょうかねぇ」
「…食わねーもん」
「もんとか言っても許されんの、絶対ぇ悟空だけだよな」
「…そうでもないよ。たぶん。女の人とかよく言ってんの聞くし」
「話の流れ誤魔化してねーで答えろっての」
「!、ぶふっ」

そろそろ寝ようって立ち上がろうとしたら、寝そべってる悟浄に思い切り腕を引っ張られた。しかもマジでいきなりだったから受身取り損ねたし。カオから勢い良く悟浄の胸元にぶつかって鼻が痛い
殴ってもいいかな。悟浄って服の上からじゃあんま分かんないけど、それなりに鍛えてっからさ
地味にホント痛いんだって

「っにすんだよこの赤河童!!」
「お前が人のこと散々避けまくったあげく、目も合わさねーからだろうが!」
「!、べっ別に…そんなんじゃねえよっ」
「どこがだよ。実際今だって目ぇ反らしたじゃねえか」
「ぎゃー落ちる落ちるっ!!」
「だァれが落とすか」

顔を上げて食い付けば至近距離で広がった大好きな色
片眉上げて咥えタバコで目は半眼…いつもよりガラの悪さが3割増しだ
咄嗟に目を逸らした俺が気に入らなかったのか。ぐるんって一瞬で視界が回ったと思ったら、いつの間にか押し倒された状態だった
…ついでに言うと後頭部と背中もめっちゃ痛い

寝技は得意だとかドヤ顔したら絶対ブン殴る。

「悟空」
「う…悟浄ってほんとずりィよな…」
「言っとくが、俺は言われなきゃわっかんねェぞ」
「…」
「なんで急にお前が俺の傍に寄り付かなくなったのかもここ最近メシ時妙に大人しいのかも、ついでにさり気なく部屋割りで三蔵と一緒になろーとしてんのかもな」
「…」
「最後に関しては理由によっちゃ対応変わるから気ィつけろよ」
「…たとえば、どんなふうに…?」
「あ?」

スキンシップは…割と昔から多い方だった。
じゃれあうものから取っ組み合いのケンカとかもしてきたし、こーゆー関係になってからとか
悟浄は前より俺の頭を撫でる事が増えたし、ふとした瞬間とかよく肩に腕を回してきたりする。同じ部屋で寝るときは俺が悟浄の髪で遊んだり、寝っ転がる悟浄にくっついたりとかさ


悟浄は、嫌がんないから。

邪魔だとかガキかよとか笑いながら、いつも

俺の好きにさせてくれた


俺と同じ気持ちでこの想いに応えてくれたあの日から、ずっと

嬉しいからなんだって

好きだからなんだって


そんなふうに―――…思ってたけど。


「まぁいっか…別に、深いイミとかはあんまない…ただ、悟浄ってたまに夜中とかにこっそり出てくだろ?」
「…」
「"そーゆー時"って俺と部屋が違うときだから、暫くはバラバラでもいーかなあとかさ」
「…オイ」
「それに悟浄が女好きなのって今さらだしなー。俺も知ってて悟浄に好きだって言ったし」
「…お前、」
「よく言われるけどさ、俺ってガキだから。…無理矢理付き合わせてたんかなって。悟浄ってバカみたいに優しいトコあるから」
「―――…っ」
「ぶはっ……すっげーヘンな顔」


嘘は、ついてない。半分は本当の事だから。

実際悟浄は女の人が好きだし、それは正直今さらだもんな
別に気にならないって言ったら…たぶん、違うけど
でも俺も男だから何となく分かる部分とかもちゃんとあったんだ
さすがに男同士じゃそこまで出来ねぇし?
悟浄もどーせだったら女の人とのほーがイイに決まってる

それに…さ

「ってか、悟浄ジャマ。そろそろ眠たくなってきたから戻ろーぜー」
「…オイ」
「ハイハイ寝るぞ悟浄ー」
「オイ!悟空っ」
「んっ、しょ」

やっぱりあの日、聞いちゃったから。

我慢させたのかなとか 無理に付き合わせてたのかなとか

女の人が羨ましいとか…スキンシップのその先のコトとか

俺にはまだ…よくわかんないけど。


好きだから、想う


やっぱ悟浄はいつかちゃんと、幸せになって欲しいなって


俺にはきっと…それが出来ないから。



悟浄の下から這い逃げて

後ろから飛んでくる声に振り向けなくて、屋根上から飛び降りる






「今のまんまでいーワケよ。まだガキだしな。そのうちあいつから飽きるだろ、満足出来ねえ…ってな」






…バカだよな、俺。





着地した瞬間…思いっきり走り出した









最近やたらと避けられてるってのは
余程のバカでもねえ限り気が付くだろ

「っんだよ…アレ」

ガシャンと響き渡るのは鈍い音
右手で思いっきりそりゃもう力の限りに屋根瓦をブン殴ったら、思いの外それなりの数が粉砕されていた
この際痛みだろうがなんでも良かったんだ

意識と感覚を無理矢理にでも霧散させてねェと、それこそ今にも手が出ちまいそうで。ぐるぐると肚の中で渦巻く感情を処理しきれない

ここ数週間の出来事だ
初めはまァた猿のクセにややこしー事でも考えてんのかとも思ったが、どうやらそれは外れてたらしい
ジープで移動してる時なんかは変わらない
けれど日常の中でも無意識のうちに傍に居ることが多かった
それは町中であったり、宿の中だったり

あいつに―――…悟空に対する自分の想いに気が付いた時から

くるくる変わる表情や言葉一つ一つに反応を返してくるあいつは、喜怒哀楽も臆すことなく曝け出すから

「…人の気も知らねえで好き勝手言ってんじゃねーよ、バカ猿が…ッ」

普段から何かとちょっかい出すこともからかう事もしょっちゅうだが、あいつはいつも正面からぶつかってくる。俺がからかってる時は、あの眼に映るのは俺だけだから
様々な世界を常にとまることなく映し出す忙しない金眼
自分が綺麗なモノを見つけるとこっちが昼寝してようとなんだろうと、意外にも小せぇ手で腕を引っ張るから

空が青いだとか綺麗な花が咲いてるだの星が綺麗だの
その辺の女より、あいつの方がよほどそれらしい反応をする

いつもいつも

なにが嬉しいのか分からねぇ程に、満面の笑みで見上げてきやがるから

「……遊びで手ェ出せるほど…俺だってバカじゃねえっつの」

他では絶対見らんねえほど澄んだあの金眼は、正直一つの理由を除けば自分なりに好んでいたんだ。ガキの頃から知ってる存在なだけあって、思い出も思い入れも他のガキとは全然違う
女に抱く想いとは完全にこうも違うのに。だいたい、女にしか興味なかったら誰が野郎からの告白受けて壁に頭突きすんだよ

八戒あたりに見られたら完全に白い目飛んでくんぞ

恋愛も女も知らないあいつからの想い。初めは三蔵から一人立ちした時に生まれた一時の迷いだとか、勘違いだとか
そんなこったろうとしか思ってなかったのに
伝えるつもりは無かったんだよ
遊びも本気も知らないガキだったから
きっと俺みたいな半端モンに言われても、しかも仲間内で禁愛なんざそれこそ火サスもびっくりだろうが。
傷付けんのもヘンにこの関係が崩れんのも御免だったしな
それなのにあのバカ猿は、そんな俺の想いなんざそっちのけでバカ正直に伝えてきやがったんだ

僅かに震える声を必死に抑えて、自分の服の裾握りしめて俯いて…って。
マジであいつのほうがよほど女らしい反応だよな
マジでなんなのアレ。

その向けられた想いに、焦がれたあの金眼の中に

宿されてんのは他の誰でもなく俺自身なのだと

てめぇでも天地がひっくり返るくらいには驚いたし、どこか喜んでた想いも確かに存在していたってのに

「……あーーーー……もう……」


―――…無理矢理付き合わせてたんかなって


誰がだよ、どこがだよ

お前…今まで俺のなにを見てきやがった


風に掻き消されそうなまでに小さなその声に、言葉に

向けられたあのカオに

呼吸も心臓も、何もかも止められた気がした


中途半端な気持ちで応えたワケじゃねえぞ俺は…!


「フラれちゃいましたねぇ。とうとう」
「…」

何が原因か知らねえが…今世紀最大の盛大な勘違いをしているバカ猿
バカ正直で素直な分思い込みが激しいのは問題だろ、絶対ぇ
ちゃんと躾けとけよあの性格破綻め
左手でカオを覆ってぐるぐると渦巻く感情に、もういっぺん屋根瓦でも殴っとくかと思った刹那
聞こえてきた声を一瞥した
ひょっこり屋根上に顔を出してきたのは呆れ顔全開な八戒で

「そんな今にも人1人殺せそうな目で見ないでください」
「なんでお前が此処にいんだよ」
「いえね、ちょっとした罪滅ぼしです」
「あ?」
「…本当に極悪人みたいな顔ですね。そんな顔で悟空に会ったら今度こそ泣かせますよ」
「…」

笑って、怒って、遊んで、食って、寝て

ガキの頃からちっとも変わらない。良くも悪くもバカみてえに正直過ぎる生き方を貫く悟空は、言葉にも行動にも裏がないんだ…眩しいくらいにな
自分に正直に、だから他人にも正直に
嘘偽りなく真正面からぶつかってくる悟空だから

「燃えてるみたいに真っ赤だからさ、熱いのかと思った」

あの言葉に…その思いに

俺がどんだけ救われたかも知らねェで

「ここ最近の悟空の様子には僕も三蔵も気が付いていましたから。多分いま、三蔵が探してると思いますよ?悟空のこと」
「…お前は俺にケンカでも売りに来たのか。」
「今の悟浄に喧嘩を売ったところで、僕には何の利益もないじゃないですか」
「…」
「言ったでしょう。罪滅ぼしだって」
「…」

いつもいつも、あいつの視線の先に在るのは三蔵だけだった
それが気に食わなくなったのは…多分この旅を初めてからなんだろうな
あの金眼に宿す色が同じだから

ソレ以外の何かで染めたくて、遊び半分で始めた猿弄り
それなのに…時折見せる見透かしたような目や、飾り気のない真っ直ぐな言葉
自分でも初めは認めたくなかったけどよ
心の底から嬉しそうに笑ったあのカオが…
気が付いたら頭から離れなくなっていた

「心当たりが一つだけあるんです。多分あなたにしかどうする事も出来ません」
「…気を付けろよ八戒…今の俺は普段と違って気が短けェからな」
「はあ…悟空もこの先苦労しそうですねぇ」
「こちとら理由も分からず散々避けられまくってんだよ。オマケに目も合わせようとしねえし挙句の果てには部屋は別の方がいいだとか吐かしやがるわで」
「やっぱり。」
「いい加減…、あ?」
「聞いていたんじゃないでしょうか、悟空は」
「……なにをだよ」
「一つ前の宿で僕らが話していた事をですよ」
「…」

屈託なく向けられるあの笑顔も、飾り気のない真っ直ぐな言葉も

あいつの性格に忠実なまでに真っ直ぐな想いも

全部まとめて…俺に向けられてたらいいなんて


―――ぶはっ…すっげーヘンな顔


引きずり込んだ、小柄な身体。
見下ろした先に広がったのは、いつも向けられていたような笑顔とは程遠い…どこか影を落とし込んだかのような寂しげなそれ

見下ろした先の頬を掠めた俺の色

いつもだったら、くすぐってぇと笑うのに

いつもだったら…じゃれあいの延長戦で見下ろした時

伸びてきた手が、躊躇うように下ろされる事も無かったんだよ


「実際その辺りからでしょう。悟空がさりげなく悟浄に寄り付かなくなったのは」
「…聞いてたってことかよ」
「その可能性もあるという事です。僕らもあの時は色んな話をしていましたから」
「…」

腰を下ろした八戒の言葉にあの日の夜を思い出す
砂漠の村に立ち寄った時だ。部屋割りもそこそこにあいつの首根っこを掴んで勝ってに決めた2人部屋
その日は珍しく早々に寝オチしやがったから、暇潰しがてら八戒を呼び出して宿のロビーで涼んでた時の話だ
確かに纏まりのない話も散々した
悟空が三蔵との付き合いが長いのと同じように、俺と八戒の付き合いも気がつけばそれなりの時間を使っていたから

「悟空とのこと聞きましたよね、僕が」
「…お前から切り出してくるってのは正直意外だったけどな」
「おや。あれで隠してたつもりなんですか?あんな分かりやすい牽制しておいて」
「はッ 主にあの三蔵サマにだけだけどな。油断すると勝ち誇ったようなツラしやがんだよアイツ」
「三蔵と悟空の繋がりは、僕らから見てもとても特別なものに見えますもんねぇ。悟空は見た通り三蔵が大好きですし、なんだかんだ言いながらも三蔵だって常に意識の中に悟空の存在を留めていますから」
「…。」
「いやだなあ。別に怒ってませんよ?僕にとっても悟空は大切な仲間ですし、一人の男としてもとても好感の持てる存在です。なのでここ最近のあの様子にはとても胸が痛くてですね」
「…じゃあその清清しいほどの不気味な笑み、引っ込めろよ」
「言葉が足りないんですよ。あなたは昔から」
「…るせ」

別に隠してたつもりもねェからな、俺は
ただ悟空はそれなりにこいつらにも気を遣っていたから
それなら普段くらい今まで通りでも良いかとも思ってたんだ
あいつが望むカタチで在れるならこの際なんだって良かったしな
じゃれあいの延長戦で絡むことはまぁ今までもそれなりにあった

けれど付き合うようになってからは、一応悟空の反応も確認しながら俺なりに態度に出してきたつもりだったんだよ。なんせ相手は恋愛未経験で色気より食い気の猿だし
一気にコトを進めた所で、あいつのことだからパニクるのは目に見えてる
だからこそタイミングを見極めて、悟空が今の現状に飽きたらじっくりオトしてやる気で散々我慢してたってのに

女に走ったって重なるのはどっかのバカ猿の顔で
どんな反応をするのか、どんな言葉が飛び出すのか
そればかり頭の中を永遠と駆け巡る俺も、傍から見たらかなりブッ飛んだ思考回路をしてんだろうなって自覚はあった。まず確実に三蔵にバレたらマジで殺されるくらいには、な

だからこそ…あんな理由で今さら離れてくあいつに、苛立ちやらなんやらと湧き上がるこの感情。どうしろってんだ
もうこの際最後まで責任とらせんぞバカ猿
あの話を聞いたからといって、なにもここまで盛大な勘違いしやがる要素なんか一つもねェだろうが

と。苛立ち故にタバコに火を灯した刹那

ふと脳内で引っかかったソレに気が付いたんだ

「―――…! あーー…」
「悟浄?」

バカだから。あいつは…悟空はそれはもう全力でバカだから
もしもあの時、話の全貌を聞いていたんだとしたらここまでの反応にはならねェよな。だとしたら残された答えは一つしか浮かばねえ

「やっぱバカだろ」
「悟浄がですか?知ってますよそんなこと。あんな行動だけじゃなく言葉でももっと表現してあげたら良かったんです。それなのにいつまで経っても煮え切らないから、今回みたく悟空に不安な想いをさせてしまったんですよ。反省してください」
「サラッと人が思いついた答え言うなよ。ついでにお前にはたまにじゃなくても殺意沸くよな」
「おや。それはお互い様ですよきっと」
「…実はお前涼しい顔しといてキレてんだろ」
「ええ。半分は自分に、ですけどね」
「は?」
「そもそも僕が不必要に話題を振らなければ、悟空も変に誤解をせずに済んだんでしょうし…」
「つか、盗み聞きすんなら全部しとけって話だろ」
「盗み聞きするな、とは言わないんですか」
「別にコッチはあいつに知られて困るよーな事もねえからな。むしろいい加減我慢の限界だし、そろそろとっ捕まえるわ」
「あはは、なるほど。でも今の状態の悟空がそう簡単に捕まってくれますかねぇ」
「方法はいくらでもあるんだよ。あいつの場合は特にな」
「…程々にしてあげてくださいよ、相手は傷心中なんですから」

もしこれが答えだとしたら、本当にあいつは今まで俺の何を見て感じてきやがったのか。壁際に追い込んで絶対ぇ答えるまで離さねえからな
この際だ、覚悟しときやがれ

月明かりが照らす屋根上で立ち上がる
…そーいや、今日の月はいつもよりデケェんだとか言ってたっけか
なんとなくマジマジと見上げてみれば、確かに
前に見たものよりかデカく見えてくる自分がおかしかった
大概単純だよな俺も。

夜風が山の向こうから流れ込んでくる
ほっといたらいつの間にか伸びていた長い髪を一瞥して、いつもいつも…嬉しそうに触っては綺麗な色だよなって笑う顔を思い出す

物珍しそうに見上げてくる八戒に親指で月を指差した

「デカイんだとよ」
「月が、ですか?」
「そ。今夜の月はいつもよりデカイんだって、さっき悟空が言ってたンだよ。そん時は別にそうでもねーだろとか思ってたのに」
「ああ…それは、影響力にも比例するんじゃないでしょうか」
「…かもしんねぇな。さァて、逃げまくる猿でも監禁しに行くとすっか」
「発言が犯罪者ですよそれ。だいたい―――…!」
「!」

ド深夜に突如鳴り響いたのは、聞きなれた発砲音

一発分のその音色は宿を抜け森を抜け、まるであの月にまで響かせるかのようなもの


あー。わァってるっての

今から捕まえに行くから、それまで大人しく捕獲しとけってンだこの生臭坊主

つか、正直お前の存在ジャマだからな
いい加減子離れしやがれ


「さしずめ、今のは三蔵からの挑戦状でしょうか」
「はッ 上等。いつまでも保護者ヅラ出来ると思うなよ」

屋根上から飛び降りる
きっとあいつは盛大な勘違いをしたまま逃げまくるだろう
このままほっとけば確実にあいつは俺から勝手に離れていく
…だァれが認めるかそんな事

伝えてきたあの時の想いもそれに応えたこの想いも

今さらなかった事にするには、俺自身引き返せるようなモンじゃねえんだよ

「な、なにしてんの?三蔵…こんな真夜中に銃なんか撃ったらみんな起きちまうだろー!」
「うるせぇよ。」
「いやいやいや!ゼッタイ三蔵の方が近所迷惑だって今の!」
「"そっち"じゃねェよ…ったく。お前のコエが響いて仕方ねぇ」
「!」

銃声轟いた森の一角
当然のようについてきた八戒と俺が辿り着いた場所では、予想通りというか何と言うか。無意識なんだろうが、三蔵に寄り添うように佇む悟空
…そのうちマジであのエセ坊主刻んでも許されるだろうか
それこそ悟空に口きいて貰えなくなりそうだけどな

「そんなに叫ぶくらいなら初めから選んでんじゃねぇよ。お前も―――そっちのバカもな」
「え?…ッ!?」
「もうここまで来ると、バカも似たり寄ったりなんですよきっと」
「付き合わされる身にもなれってんだ」
「悠長に構えてる余裕何てない筈なんですけどねぇ」
「うるせーよそこの熟年夫婦が」
「おや。僕らが一生懸命可愛がってきた悟空を監禁する等と、どこぞの犯罪者みたいな発言をする人に言われる筋合いはありませんよ」
「え、なんで、八戒まで…? ってか、え…っ」
「よォバカ猿。人の話もロクに聞きやしねーでトンズラこきやがって」
「ご、悟浄…」

案の定俺の姿を見るなり逃げ腰になる悟空が「お、俺もう寝るからッ!」と走り出す。三蔵が自分を探しに来たのは良くて俺が追いかけたら逃げるとかマジでなんなんだあいつ

咥えたタバコから立ち昇る煙と匂い立つハイライト

悟空はコレを好きだと言って笑ってやがったんだ

タバコなら三蔵も吸うのにな

首の裏に手を当てて地面に視線を落とし零れたのは、

多分今まで生きてきた中で一番の深いため息だ

そして…

今まさに遠ざかる背中は、俺が本気で手を伸ばした"赤い花"


「だァれが…逃がすかよこんのバカ猿ッ!!」
「!、うおっ!?」

右手に顕現させたのは錫月杖。持ち上げた視線とほぼ同時に叫んでは、思い切りそれをブン投げる
ジャラジャラとした金属音を夜の森に響かせながら、その鎖は何重にも巻き付いて小柄なその身を絡め取る事に成功した
全身にありったけの力を込めながら捕まえた身体を思い切り引き寄せれば、予想外の引力に成されるがままの悟空が飛んで来る

それなりに生じた勢いに構えて抱きとめれば

でけェ目を更に見開いて呆然と瞬きを繰り返していた

「もっと丁寧に扱って下さい。悟空がケガをしたらどうするんですか」
「俺が加減なしにやるワケねえだろうが」
「河童が猿の捕獲か。…バカバカしい」
「なんか言ったかエセ坊主」
「うるせえんだよ猿泥棒」
「な…ちょ、は…離せってば悟浄…!ってか、俺魚じゃねえよっ」
「どこぞのバカ猿が勝手に盗み聞いて勝手に離れてくからだろーが」
「!、え…?」
「遊びで手ェだせるほどヒマじゃねえんだよコッチは」
「っ!?」

我に返って、暴れだすから。
腕の中に抱き込んだ身体、合わない視線
腹が立ったから…思い切り顎を掴み上げてそのうるせぇ口ごと塞いでやった
その瞬間、ビクリと止まった全ての動き
落っこちるんじゃねえかってくらいに見開かれた金晴眼の中に…漸く

俺の姿が映し出されていた

ゆるりと双眸を細めて見つめ返せば、時が止まったかのように停止する悟空

「……ッ!!??!」
「お。猿がリンゴになってら」
「………っ!!!!」
「オイ。なんでそこで顔面蒼白になってンだよ」

考えなくたって理由なんざ想像つくけどな

呆れ顔全開の八戒といつも以上に眉間のシワが大量な三蔵が睨んでくる

「…っ!…!!」
「お前な、言っとくけどそれ完全に釣り上げられた魚だぞ、マジで」
「〜〜〜っ、な なにしてんだよ悟浄ッ!!」
「あン?」
「こんなっ…二人の前でこんなこと…!!悟浄だって誤魔化せなくなるだろっ!?」
「お前ソレ本気で言ってんの?」
「―――…ッ」

勘違いを、したままだから。
本当は女が好きで無理矢理付き合わされていたなんて
出来れば思いっきりこのカラッポな頭をぶん殴りたい衝動は、とりあえず今だけはその辺に置いておく。顔色なんか赤を通り越して青を通過して真っ白だ
女だってこんな血の気が引いたツラしねえっての

胸倉掴んで叫ぶ悟空に、向けられてるその金眼に

こんな時だけどよ

俺だけが映されている事を嬉しく想うなんて。

この場で言っても、確実に猿は今以上にパニクるだけだろーけど

「別に今さらコイツらに何見られようがお前との関係バレようが、コッチは何の問題もねェんだよ」
「…!?!」
「むしろ今俺の中で大問題なのは、お前が勝手に勘違いして勝手に俺の傍から離れてる事なんだわ」
「…、」
「…って。今のお前じゃ理解すんのにも時間かかんだろ」
「獲れたての魚見たくなってますからね。ちゃんと説明してあげて下さいよ」
「…これ以上そいつの"声"が煩くなるようなら、二度と朝日は浴びれねェと思え」
「へーへー。肝に銘じといてやるよ」
「あ。そうだ悟空、僕らの事は気にしなくて大丈夫ですからね?僕と三蔵も2人とお揃いですから」
「…!!」
「……へ……?」
「………………は?」
「さあて三蔵。そろそろ僕らも寝ましょうか」
「オイ八戒ッ!!」
「ああダメですよ銃なんて取り出したら。本当に近所迷惑です」
「人の話し聞きやがれッ!!てめぇマジでぶっ殺す!!」
「はいはい部屋に戻りますよ。あ、2人とも、明日の出発は昼過ぎにしましょう」
「「……………。」」

とか、思ってたら
最後の最後で笑いながら落とされた爆弾に、状況も忘れて固まる。思わず2人揃ってガン見してれば、見たこともねぇようなカオで騒ぐ三蔵の腕を掴んで引き摺って…八戒は至極平然とした態度のまま遠ざかって行きやがった

フクロウの鳴き声が静寂に木霊する

「………お前、知ってたか」
「……や…ちょー…はつみみ…」
「…だよな」
「…うん」

腕の中に視線を落とせば、人の胸倉掴んだまま遠ざかる背中を見ては固まっている。ま、この際だ。このまま俺らも部屋に戻っちまうか
ちょうどこいつも無抵抗だしな。そして落とされた今世紀最大の爆弾については深く考えんのはヤメだ。つか、考えたらアウトだ。
そう思って強引に意識を戻して消した錫月杖
ボケッとしたままの悟空を担ぎ上げた

「とりあえず部屋戻んぞ」
「……おう」
「お前チビのクセに重てえんだよな。どんだけ鍛えてんだよ」
「う…うっさい!悟浄だってちゃっかり鍛えてるだろっ」
「そりゃあな。俺の場合はお前より背も高ぇし?」
「俺がチビなんじゃなくて悟浄がデカ過ぎるだけだろそれ!」
「着いたぞー」
「って、人の話し聞けよ!」
「あァ聞いてやるよ。今スグにでもな」
「うわッ」

辿り着いた部屋の中、ベッドに投げ落とす。間髪入れずに覆い被されば一瞬だけ向けられた視線がスグに逸らされるから
舌打ちと共に顎を掴んで強引に視線を合わしてやった
俺の得意分野で勝てると思うなよ

でけぇ金眼がすぐ近くで揺らいでいる
眉間に皺寄せて…どことなく、寂し気で
いつもの悟空には到底似合わないようなツラまでしやがって

「んで?聞いてやっから話せよ」
「…べ、つに…なんも、ねぇもん」
「そりゃあアレか?焦らしプレイのつもりってか」
「ちっげーよこのエロ河童!!」
「だからお前が言うその"エロ河童"ってのが話せっつってんだよ。…じゃねェともう、どうなっても知らねえぜ?」
「ッ!?」

再び塞いだこれまた意外と小さな唇と呼吸
逃げようと頭を動かす前に後頭部に手を差し込んで固定すれば、至近距離に在る金眼に浮かぶ…僅かな膜
堪えきれずに強く閉じられたそこから

ひとつ、ふたつ

雫が伝い落ちていった

「そんなにイヤかよ俺のこと」
「ちがっ…ちがう…!!」
「じゃーなんだよ。言っとくがお前が思ってるほど、この件に関しちゃ冷静でいられる自信なんかねェからな俺は」
「…っ」

僅かに離しただけの距離

一度流れたそれは後を追うように幾つも流れ出てきて、

閉じられたままのそこはまだ重ならない

たったそれだけのことなのに、それが妙に腹立たしい

三蔵のあの切れるような目は何の躊躇いもなく見つめてやがんのに

「お前が前の宿で俺と八戒のなんの話しを聞いたんだか知らねえが…勝手に勘違いして勝手に離れてんじゃねぇよバカ猿」
「だっ…て…ッ、悟浄言ってたじゃんかっ!!」
「なにを」
「"そのうちあいつから飽きるだろ、満足出来ねえってなって"…おれっ、聞いたんだからなっ」
「…」
「俺がまだガキだからっ、今のまんまでいいんだって!!」
「…」
「悟浄はバカだからッ!!バカで…ッ、やさしい…から…俺が言ったこときっと否定出来なかったんだって…そんなん…俺が無理矢理付き合わせてるだけだろッ」
「…。」
「元々悟浄は女の人好きだしっ、そんなん分かってっけどどうしたって…羨ましくなる…女の人だったらきっと悟浄だって幸せになれるし俺みたくガキでもないし…無理に…むり、に…付き合うこともねぇじゃんか」

想いを流して、悲痛な声で。
部屋いっぱいに響き渡った悟空の声
掴んでいた顎の手は…外してやった
キツく閉じられたままの金眼

やっぱり聞いてたのかよとかこいつマジでバカだろとか山ほどある言葉を死ぬ気で呑み込んで。なるべくたっぷりと間を空けてから絞り出した自分の声は、想像以上に低かったんだ

「…悟空、お前ちょっと起き上がれ」
「……え…?」
「いいから起き上がれっつってんだよさっさと起きろ」
「…う、ん…?」

ベッドの淵に座り込んで少しだけ、ほんの数秒待っただけだ
予想外なんだろう俺の言動に疑問符を飛ばしまくる悟空が、これまた言われた通り素直に起き上がる

涙で濡れた金眼と頬が月明かりに照らされていた

それを視界に認めた瞬間―――…


「…盗み聞きすんならその前後も聞いときやがれってんだよこのバカ猿がッ!!」
「ぶふッ! 〜〜〜っ、にすんだよ赤ゴキブリC級エロ河童ッ!!普通枕でこんな激痛走んねえよ!!」
「うるっせェこの単細胞ッ!!人の気も知らねえで好き勝手解釈しまくってんじゃねェよッ」

それはもう盛大に。微塵の手加減もなく
人生で初めてだって言うくらいにありったけの力を込めて引っ掴んだ枕を、こいつの顔面目がけて叩き付けるようにブン投げてやった
不意打ちで勢いに負けた悟空がそのままベッドに倒れ込む
数秒間両手で顔面抑えて悶えたと思ったら、腹筋一つで起き上がっては食いついてくるから

「お前がタイミング悪く話の流れのド真ん中だけ聞き逃げしただけだろうがそれ!!」
「な…なんだよド真ん中って!仕方ねえだろそれしか聞き取れ無かったんだからっ」
「俺が今のまんまで言いっつったのはお前がガキでヤることなんも知らねェからだろうが!いいか!?この際だから良く覚えとけ!俺はお前と違ってのんびり構えてる余裕なんざ始めっからねえんだよ!」
「…、…悟浄…?」
「女も遊びも本気も知らねえお前にいきなり喰ってかかってみろ!どうせお前がパニクるだけに決まってんだろ!ついでに言うと俺はなァ、遊びで野郎の告白受け取れるほど暇人でもねーんだよッ」
「……、」
「相手がお前だったから受けたんだろ!じゃなきゃオンナ好きのこの俺が野郎からのなんざ受けるワケねえだろ!!ってかそんくらいお前だって分かってたじゃねえかッ!」
「…お、おう…?」

湧き上がる感情のまま思いっきり言葉に出していたんだ
あいつが言葉が足りねぇんだとかぬかしやがるから
…結局は、俺も

悩んで迷って踏み込めずにいた部分も

あったのかもしれないと

後々になって、気付いた事だった


言うだけ言って、叫んで、言葉にして

半ばヤケクソに伝えた言葉はお世辞にもストレートじゃない事くらい

自分が一番良く知っているから

完全に脱力しきった状態で淵に座ったまま片手で顔を覆い隠した


「……ええ、と…ん…?」
「……だからイヤだったンだよ俺は」
「…うん」
「お前相手にコッチの理性がいつまでもつかなんざ考えただけ時間のムダだろうが」
「…ん」
「それだってのにお前はバカみてェに真正面からぶつかってくるわ挙句の果てに震える声抑えて好きだとか吐かしやがるわ…」
「う、ん…」
「終いにゃ勝手に勘違いして勝手に避けるわでよォ………あの時お前のその気持ちに応えた俺はどーしろってンだ」
「…」
「…オンナにだって言ったことねえよ。お前が言う"本当の好き"って言葉なんざ」
「…、」


情けねぇツラしてる自覚だけはやけにハッキリとあったから

突き刺さる視線を背中に感じても振り返る事が出来なかった

同じ気持ちだったんだと知る前もその後も、タダの遊びと勢いだけでこいつに手を出すのだけは自分でも驚くくらいには嫌だったから
少しずつこいつがそういった知識も経験も自分のものにしてからでもいいかって…そう思ってたんだ

だからこそ適当にオンナ口説いて回れば欲は吐き出せた
その代わり、どんなオンナを抱いたところで重なる面影はこいつだけになっちまったけどな。どう責任とってくれんだこの単細胞のバカ猿が

「…ええ、と…」

そうやって吐き捨てるように落とした俺の呟きの後

躊躇いを滲ませた頼りない小さな声が、恐る恐る伸びてきて


そして―――…


「…おれ…このままでも、いいの…?」
「…」
「…悟浄のこと…好きなままで、いいの…?」
「……これでもまだその猿頭で理解出来ねェってんなら、一層の事このまま喰うぞ」
「…っ、そっか………そ、っかぁ…」
「…」


泣き出す声が、静寂の中に響き渡った

振り向いた先には両手でシーツを掴んで俯く悟空

ぽろぽろと絶え間なく落ちる雫には…きっと

それこそ色んな感情が混ざりあっているんだろうと


「…今さらなかった事にされても俺が困るんだよ」
「ん…っ、うん…」
「オンナ相手にだって思ったことねえっつうの…こんな、めんどくせぇ感情」
「…っ」
「はァ……悪かったよ。不安にさせて」

あんまりにも声を殺して泣き続けるから
震える手で力いっぱいシーツを握りしめるから
腕を伸ばして苦笑して、思わずそっと抱きしめた

情けなさとか意地とかそんなもん、その辺にほっぽり投げながら

俺よりだいぶ小さな身体。意外と柔らかいこの大地と同じ色をした髪

それと

「悟空」
「〜〜〜っ、むり…ま、って…」
「俺がムリだから却下なそれ。いーからほれ、顔上げろ」
「…ごじょーのばか…」
「ククク…ヒッデェ顔してんな」
「だれのせーだと、っ おもって…!」
「あーあー。だから悪かったって、そんなに泣いたら干からびんぞ」
「ん…っ!」

潤んだままでもその純度の高さは変わらない、俺がこの世で唯一欲しいと願った金晴眼

その中にはもう、俺しか映されていない

お前が綺麗だって笑ってくれた…この赤い色

同じ色の物を見つける度、嬉しそうに笑うから


「とりあえず、こっから先は泣き止んでからな」
「!?」
「さっき言っただろ。のんびり構えてる余裕なんざねえって」
「や…だ、って…さっきは…!おお俺が理解出来なかったらって…!!」
「この先一生今回みてえな勘違い出来ねェ程には、たっぷり教え込んでやるよ」
「〜〜〜っ」


呼吸も、想いも、唇も

ぜんぶ塞いで呑みこめば…存外。

あの日から空いたままの胸の中に、まるで差し込む光の如く

心地いいほどに染み渡っていったんだ



押し倒して覆いかぶさった小柄な身体

リンゴもイチゴも顔負けなほどに染まる耳や頬に笑えば

むくれながらも、拗ねながらも


やっぱりこいつは…嬉しそうに笑ったんだ


くすぐってぇよと、頬にかかる俺の色に指先を絡めながら

















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