お兄ちゃんが死んだ。 と、聞いた時は何を世迷言をほざいているのだこのクソオーク共は。なんて思ったものだが、其処彼処から届く噂やエルフやオーク共のざわめきを嫌でも感じ、兄が本当にこの世から去ったことを理解した。 思えば、クソみたいな兄だった。金銀財宝が大好きで、特にアーケン石だったかなんだったかの為にドワーフの城を一つ潰して自分の塒にしていた。黄金と妹だったら一瞬の迷いなく黄金を取る兄はただのカスである。その兄が死んだ。いや、たかだか人間ごときに殺された。おそらく財宝に目が眩んであっけなく殺られてしまったのだろう。人間に殺されるなど一族の恥さらしだ。どこまでも馬鹿で救いようのない兄である。などと、本を読みながらそんなことをツラツラ考えていれば突然窓が開き、旧知の知り合いが顔を覗かせた。 「よ、なまえ。お前のアニキ死んだらしいじゃーん」 「何しにきたのグリフォン。言っとくけどお兄ちゃんの黄金はすべてドワーフの物になったんだからもう手を出すなよ」 「なんだよ、スマウグが死んで悲しくねぇのか? 弔い合戦といこうや」 「は? あんな人型にすら姿を変えられない出来損ないが一人死んだところで、我が一族は誰も動きやしないさ」 「お前アニキが死んで悲しくねぇのかよ」 「お兄ちゃんには小さい頃から虐められてきたからね。それにもう三百年は会ってない。今更あんな奴が死んだところで何なの? っていう」 「冷たい妹だなー」 あーあ、スマウグかわいそー。などと、可哀相なんて一ミリも思っていないだろうグリフォンに呆れの視線を送るが、気付かないとでも言うように窓の外を眺めている。こいつは本当に何しにきた。 「山の下の王とかほざいてたのにな」 「所詮、人型にもなれないドラゴンの戯言だよ」 「おいおい、人型になれるのは昔から天才だけだぜ? お前の母親も俺の妹も人型にはなれねぇ。お前のアニキもそうだった。人型になれないドラゴンを馬鹿にするなよ」 「人型になれないドラゴンは出来損ないだ。これは私の父の言葉。父を尊んで何が悪い?」 「いけすかねぇよ。てめぇの父親は」 「はは、言ってろ」 兄は小さい頃から私の敵だった。兄は人型になれなかったが、私は人型になれたからだ。そのせいで私は父にいたく可愛がられた。その代わり兄は母に猫可愛がりされたくせに業の深い兄である。 「兄妹仲が悪いのはよく分かった。だが、ドラゴンは神聖な生き物だ。その仲間の一匹が殺されたとあっちゃ報復しねぇことにはメンツが立たねぇだろ」 「あんた馬鹿? ドラゴンはモルゴスが作った邪悪な生き物でしょ。メンツとかそういうの時代が古いのよ第一紀かっつーの。今は第三紀だよ? 新しい時代なの」 「じゃあスマウグの仇は取らねーのか?」 「仇っつーか、元々エレボールはドワーフが築き上げた場所じゃん。それを黄金に目が眩んだ馬鹿アニキが横取りしたんでしょ。身内の不敬を謝罪しに言ったとしても、報復なんてことあり得ないね」 「あーあ、つまんねぇーのー」 「暇潰しかよ。お前こそ最低だな」 なまえは呆れたように吐き捨てた。グリフォンは本気でつまらないと思っているのだろう、ソファーに寝転がりながら本を読むなまえの邪魔をしてくる。因みにこの家は、住んでいた人間を丸ごとなまえが飲み込んでもらいうけた家である。彼女にスマウグのことを悪く言える義理はない。 「だってよぉ、やること全然ねんだもん。この世に生を受けて二千年、粗方やることやったし? 最近マジでつまんねー」 「だからってちょっかいだそうとすんなよ。人間やドワーフが超可哀想じゃん。グリフォンの気分で滅ぼされるなんて」 そんなことを平気で言うが、先程も言ったようにこの家の住人は落ち着いて本が読める場所が欲しいと思ったなまえによって食い殺されたのである。あと、腹も空いていた。 「いやそれがさぁ、スマウグ殺ったのバルドっていう人間らしいんだけどなかなか強いっぽくて? まあドラゴンの姿で戦ったら瞬殺しちゃうんだけど、人型で剣を交えてみたらどんなもんかなーと思って」 「え、なにそれ楽しそう」 「だろ? 行く気になった?」 「ちょっと」 「よっしゃ! 善は急げだ! 行こーぜなまえ!」 読んでいた本を奪われたかと思えば壁に投げられなまえはムッとしたが、しかし今面白そうだと感じているのは人間と剣を交える方だ。しかも兄を殺したという人間。仕方ないな、と思いつつ彼女はグリフォンの後に続いた。 「飛んでく?」 「いや、どうせなら人間みたいに旅してこうぜ!」 それもなんとなく楽しそうだ。てなわけで、二匹のドラゴンによる目指せエレボールへ冒険譚が始まったのである。 190427 超迷惑。 ×
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