(ゾロとくいなの話です。ルフィと出会う前のゾロの話)
少年は
真っ暗な中を走っていた。
転びそうになっても
息が切れても
ただひたすら
前方の少女を追い続けた。
「くいなっ!」
待て、待ってくれ…っ!
「俺はっ…」
お前に………っ
少年は徐々に少女に追い付いて、手が触れようとした、その瞬間。
少女は振り向き、笑った。
あの日。
真剣での決闘後にみせた。
哀しげな、あの笑顔。
はかない、あの笑顔。
「く…いな……」
ダメだ、……待って…
触れようとした瞬間、
少女は消えていった。
少年の手には何も残らなかった。
少年は泣き崩れる。
体を震わせ、地面を拳で叩き、泣き叫ぶ。
少年の身体が次第に大きくなり、青年と呼べるようになるまで成長しても。
その嗚咽は止まることはなかった。
*************
(………夢……)
青年―――ロロノア・ゾロは、床の上で寝ていた。
正確にはホテルのソファから床の上に落ちたのだ。
(身体中痛ェ……。硬い床の上で寝たからか?)
……しかし、身体より何より。
(……胸が痛ェ……)
あの夢を見たということは、今日は………。
ゾロは起き上がり、転がっている酒瓶に気を付けながら壁のカレンダーを確認した。そして、ため息を一つ吐く。
(あれから何年経った?)
村を離れ、賞金首を海軍に引き渡しながら暮らす毎日。
それでも色褪せることのない、少女との思い出。
誓い合った約束。
果たされなかった約束。
それでも守り続ける約束……。
あの日誓った。この剣に。
くいなの、この白い鞘の剣に。
必ず世界一の大剣豪になると。
(夢には犠牲がつきもの…か)
誰が言ったか知らないが、その通りだ。
(くいなは知ってたんだろうな…)
聡明な彼女のことだ。全て理解した上で、それでもきっと目指していたのだろう。
世界一の大剣豪に。
やりあうのは真剣。
生きるか死ぬか、ゾロは自分のことで必死だった。
それは相手も同じだと『理解』できたのは、最近のことだった。
(泣いてたな…あの女)
ゾロが切り捨てた賞金首に縋りついて、あられもない大声で。
そして、ゾロの方を向き、物凄い形相で叫んだ。
(…人殺し……あんたなんか人間じゃない……血に飢えた魔獣……)
なあ、くいな、知ってたか?
お前はそんな声に耐えられたか?
馬鹿だな、感傷に浸り過ぎだ、と。
自分らしくなくて、ゾロは自嘲する。どうもこの日はらしくなくなる……。
ホテルのカーテンを開けると、三日月が見えた。
ゾロはコップになみなみと酒を注ぎ、窓枠にそれを置く。
「俺は、世界一の剣豪になるぜ。……例えどんな犠牲を払っても」
だから頼むから
あんな面で自分の夢に出てくれるな
ゾロはそのコップと酒瓶とを軽くぶつけてから、その酒瓶を勢い良くあおった。
END