てんやわんやでウィスキーピークを出港し、ひょんなことからミス・ウェンズデーもといアラバスタ王国の王女のネフェルタリ・ビビをアラバスタへ送り届けることに。目の前で護衛隊長であるイガラムの乗った船が爆破され、心にダメージを受けているにも関わらずまっすぐ前を向くビビを、麦わら海賊団は迎え入れ力になることを約束して。王下七武海の一人であるサー・クロコダイル率いるバロック・ワークスに目をつけられてますます危険な航海。その中、ゴーイングメリー号はログポースの示す次の島へと向かっていた。
「ナミすわぁ〜ん、ビビちゅわ〜ん!クッキーとローズヒップティーはいかが〜?野郎どもにはラウンジにあるから勝手に食いやがれ!」
メロメロメロ、とハートを飛ばしてクルクル回るサンジ。そして一転、「おやつおやつ!」と騒ぐルフィとウソップには親指でラウンジを指してやる。
本日は快晴で穏やかな波だ。甲板にパラソル・テーブル・デッキチェアもばっちり、サンジは女性陣を優雅にエスコートするべく準備万端だ。
そこに現れたのはナミだ。
「いつもありがとう、サンジくん」
にっこりと微笑んでお礼を言うナミに、サンジは「もったいないお言葉!!」と更にクルクルと回りながらカップにローズヒップティーを注ぐ。もはや神業である。
しかしふと、サンジはもう一人の美女の姿が見えないことに気付く。
「ナミさん、ビビちゃんは?一緒じゃなかったの?」
「ビビなら、ゾロのところじゃないかしら?刀を手入れしているところを見たいって言ってたから」
「!そーなんだ…」
まただ、とサンジは顔には出さなかったが心をざわめかせる。
どうやらビビはゾロをだいぶ慕っているようで、常に、というわけではないが一緒にいるのが多かった。ビビの連れ(?)、カルーがゾロに懐いたのも大きい。2人と1匹はセットになっているのをよく見かけた。サンジはあまりいい気持ちがしない。…我ながら心が狭い、とサンジはそっと自嘲する。
「マリモが刃物弄ってるの見るのなんて退屈だろうに。俺、ビビちゃんを呼んでくるね」
ビビちゃんがお望みとあれば、俺がいくらでも包丁を研いで見せるのになぁ〜。そんな風にいつもの軽口を舌に乗せながら、サンジはごく自然にビビの元へと歩き出した。ここから見えないとなるとおそらく船尾にいるのだろう、それは容易に当たりがついた。…そう、サンジ的には自然だったはずだった。
「サンジくんって、ほんとゾロのこと好きなのね」
だから、いきなりのこのナミの台詞に、サンジは飛び上がらんばかりに驚いた。
「…ナミさん?今、なんて…」
サンジがどぎまぎしながらナミを見れば、彼女はデッキチェアに背を預けてゆったりとお茶を啜っている。聞き間違いだろうか、とサンジが思っていると、ナミはにっこり笑って。
「サンジくんって、ほんっと、ゾロのこと好きなのね」
非常に丁寧に言い直してくれました。(サンジ談)
少しの沈黙。
サンジはその間にスーツの内ポケットから煙草とマッチを取り出して、慣れた手つきで火を灯す。ナミに煙が向かないよう気をつけながら煙草の煙を大きく肺いっぱいに吸って、吐き出した。
その動作後、サンジは漸く口を開いて。
「バレちゃいました?」
彼はそう言って、今度はナミが驚くほどに晴れやかに笑って見せた。
「…てっきり、誤魔化すかと思ったわ」
ぼつりと呟かれたナミの言葉に、サンジは困ったように笑う。
「別に公言することではないと思ったので言わなかっただけで。俺は、アイツを好きになったことに誇りを持ってますから」
そう、迷いなく発言するサンジに、ナミはまたもや驚く。サンジの真剣さが伝わってきて、こちらのほうが好奇心で突っついてしまったことに罪悪感を感じてしまう。少しだけバツが悪そうなナミに、サンジは困ったようなそれでいて優しい笑みを絶やさぬまま、「気付かせちゃってごめんね」と告げる。
「…痴話喧嘩には巻き込まないでよね」
「…痴話…は、まだまだ先じゃないかな」
「え?だって、」
「まだ、落としてないし」
「えぇ!?」
さっきから驚いてばかりだが、今のが一番ナミは驚いた。ナミから見れば、お互いがお互いを想っているのは明白で。サンジがゾロを目線で追うのと同じくらい、ゾロもサンジを目線で追っているのをナミは感じていた。夜のサンジとゾロ2人だけの酒盛りの場もナミは知っていたが、贅沢はしていないようだしたまには2人だけの時間をとるのも大切だろうと黙認していた。だから、てっきり通じ合ってるとばかり思っていた。
ナミの驚いた様子にサンジは首を傾げている。戦闘の場面では抜群に勘の鋭いこの男も、自分の恋路には鼻がきかないということか。ナミは小さく溜息をつく。
「何でもないわ。…ったく、こんな美女差し置いて何やってんのかしら?」
「あはは…自分でもびっくり…」
「あははじゃないわよ。さっさとくっついちゃえばいいのに。そうすれば、いちいちヤキモチ焼かないで済むじゃない」
「そんな簡単に…。というか、ヤキモチ…」
「間違ってるかしら?」
「………大当たりです」
フン、と鼻をならすナミは、はやくビビを迎えに行って、と言わんばかりにシッシッと手を振る。サンジはもはやぐうの音も出ず、すごすごと船の後方に向かって歩き始める。歩みとともに揺れる煙草の煙を目で追いながら、ナミは苦笑いした。そして、サンジに促されるままにこの場所に来る王女様にはなんて話そうか、と楽しげに考えながらチョコレートでかわいくデコレーションされたクッキーを口に運んだ。