夜。
昼間騒がしいルフィやウソップは、夜はぱったり眠りにつく。眠っても今度は寝言でむにゃむにゃ言ってるのだが、昼間のようにせわしく動かない分かわいいものだ。
「んあ…ウソップ〜〜…、…なんか釣れたぞぉ……」
「んおぅ……、んな気持ちわりぃの…食えるか…」
ゾロはルフィとウソップの寝言でのやり取りを見て苦笑する。ハンモックからずり落ちてる毛布をかけてやり、自身は甲板へと上がった。
「お、お子様は眠ったか?」
「あぁ。また寝言で会話してたぜ。ナミは?」
「ナミさんもお休みになったよ」
ゾロがキッチンを開けると、サンジがちょうど最後の皿を拭いて戸棚に仕舞うところで。
サンジはキッチンに入ってきたゾロに気づいて声をかけてきた。
ゾロはそれに穏やかに答えてから、席についた。
いつから始まったのか。夜は二人の飲みの場になった。たわいもない話をしながら、穏やかに酒を酌み交わす。
今夜もそうなるだろう、とサンジはゾロに声をかけた。
「飲みにきたんだろ?今日は何にする?」
「ん…。いい」
「?」
「お前、少し休め。どうせ俺が酒だけでいいって言っても、つまみ作り出すんだろ」
そう、ムスッとした声でゾロは言い、テーブルを人差し指でとんとんと叩いた。座れ、ということらしい。
サンジは眉をしかめて「でもなぁ…」と言った。
「今調理台の前に立ってるわけだし、もうこのままちゃっちゃと準備した方が合理的なんだけど…」
「…けどお前、…疲れてるだろうが…」
「え…」
「酒、今日はいらねぇから。休め」
「!」
たまにゾロはこういうことをするから困る、とサンジは思う。見てないようでしっかり見ているのだ。
サンジとしてはプロとしてのプライドがあるから、疲れた姿なんて見せないようにするのは当たり前。だが、野生の勘なのかゾロにはまったく通用しない。周りのみんなは騙せてもゾロだけはいつも騙せなかった。
「…はは、お前にはかなわないなぁ。…客に気を遣われてるコックなんて、聞いたことねぇ…」
情けねぇ…、とサンジはゾロの座る席の向かいに座って、テーブルに突っ伏した。ゾロはその様子を頬杖をついて見つめて、サンジの頭に手を伸ばす。テーブルに投げ出されている金色のサンジの髪をするすると梳いた。
気持ちいい…、とサンジは思う。
ゾロがふっと息をついた。
「お前はコックだ。…けど、仲間だ。あんま無理しなくても、いいんじゃねぇの…?」
「…お前、今日はずいぶん優しいなぁ」
コック…これに徹するのも確かに必要だ。
サンジの役割はこの船のコックだから、その仕事はしっかりとしなきゃいけない。けれど、それと同時にサンジは仲間なのだ。仲間ならば本音を語ってもいいんじゃないのか、とゾロは言いたいのだろう。サンジはゾロの足りない言葉を頭の中で補う。
「うるせぇな」
サンジはテーブルに伏したままちらっと目だけでゾロを見る。そこには、揶揄られたと思ったのかふてくされたように口を尖らせているゾロがいた。頬が赤いのはサンジの見間違いではないだろう。
サンジは自然と顔がにやけてしまう。
自分を心配してくれたり、苦手だろうにいたわりの言葉をかけてくれたり。サンジは嬉しかった。
サンジはまたテーブルに突っ伏し、手探りで自分の髪を梳いているゾロの手にそっと触れる。
ゾロはビクッとしたものの、サンジの手は払わない。それに更にサンジの機嫌が上昇する。
「ちげぇよ、マジで嬉しいの」
んで?俺が疲れたって素直に言ったら、お前は何してくれるの?
サンジがそう聞くと、ゾロは少し悩むように首を傾げて、それから言った。
「…皿洗いくらいなら手伝えるだろ」
「は?お前が?」
驚いたサンジは勢いよく顔を上げてゾロを見た。ゾロも驚いたようにサンジを見た。
「んだよ、そんな驚くところか?」
「いや、だってお前が…。皿、洗えるのかよ…?」
「道場でもやってた。ルフィより使えるぞ」
そういえば、とサンジは以前ゾロと会話した内容を思い出す。ゾロの故郷の道場の話。当番制があり、夕飯後の片付けやトイレ掃除や道場の掃除などどれかが必ずあたったという。夕飯後の片付けにあたる週は、もちろん皿洗いも行うらしい。
「じゃ、今度手伝ってもらうか」
「ん。…気が向いたらな」
「そう言って、手伝ってくれるからな、うちのマリモは」
「……」
「怒るなよ。…こっちはありがたいって思ってるんだからさ」