2−3





「いつまで待たせる気?はやくその坊やを渡してくれない?」

女のイライラした声が投げられる。



“契約…”

そのフレーズにあまりいいイメージがわかない土方はしばし逡巡するも、女の鋭い声にハッとして、意を決したように狐に答えた。

“結べば助かるんだな?”

“あぁ”

どちらにせよ女に殺されそうな今、イチかバチか狐を信じた方が生き延びる確率が高そうだ。土方は生唾を飲み込んで答えた。


“あんたを信じる”

“クク…契約成立、だな”



狐の顔が更に近づき、土方の耳元で囁く。それに対し、土方が狐の耳元で囁き返した。



「…凛としたいい名だ。あんたに合ってる。親に感謝するんだな」

「!」

狐は右目を細めた。土方にはそれが、笑ったように見えた。


「……さぁ、呼べ。それで契約は結ばれる………土方十四郎」

狐は後ろに退いて土方から少しだけ離れた。


土方は、少し息を吸い込んで、気休めのお守り程度の札を強く握りしめたまま。
狐の名前を呼んだ。




「…高杉晋助…」




瞬間。
狐…高杉の身体を目映い光が包む。




「ギャア!何、この光は!!?」

女の金切り声が土方の耳に届くが、土方の意識は光に向けられたままだった。眩しいのだが、どこか暖かさを感じるこの光は土方の不安や恐怖心を弱めてくれるように思えて。まだ何も状況が変化していないにも関わらず、どこか安心している自分がいることに土方は気付く。




「あの動物霊め!何を企んでるか知らないけど、この坊やは私のものよ!!」

「うわっ!」

女が後ろから土方の身体に抱きつく。抱きつくと言っても霊なので質量は感じないのだが、周りの空気が重くなり、冷たいような生温かいような息苦しい感じとなって土方を襲った。昔霊に憑かれたときの感じと同じ感覚だった。


「〜〜〜!!」

声が出ない。先ほどまで消えかかっていた恐怖心が再び戻ってきた。土方は身体をよじり女を引きはがそうとするが、女は土方の手には掴めない。

(気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い…!)


土方は右手に握ったままの札を、自分の前に回っている女の腕に押しつけるようにした。


「ぎゃっ!?熱い!!」

「!」
驚いた拍子に女の腕が緩み、その隙に土方は女から離れる。


「この…っ!クソガキがぁっっ!!」

激昂し土方を襲おうと、髪を振り乱し鬼のような形相で土方に迫る女。尻もちをつき震えながらも土方は女を睨みつけ、しかし最後女が大きく口を開けて間近まできたときには耐えられず目を閉じ顔を逸らした。
しかし、それ以降土方は何の衝撃も受けない。不審に思い、そろり…と土方が目を開けると。




目の前には漆黒の地に真っ赤な蝶をあしらった着流しを着た男の後ろ姿があった。



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