B



トシの手がゆるりと動いて、自分の腕を掴んでいた俺の手を外す。
俺はそれをまるで現実感なく見つめていた。トシの少しだけ冷たい手が、俺の手から離れていくのを、呆然と見つめるしかなくて。


「とし……とし…」

俺は壊れたラジカセみたく、バカみたいにトシの名前を繰り返した。
立ち上がり、外廊下に続く障子に手をかけるトシを瞬きも忘れて見続ける。



いやだ…トシ…
いやだよ、いやだ……



我慢できずに伸ばした手は、
トシが振り向いたことで不自然に宙に浮いた状態で止まる。


振り向いたトシは。
ぎこちない笑みでもって。
俺に。



「ごめん…、ごめんな…近藤さん……」



それだけ言うのが精一杯だったのか、トシはすぐ俺に背を向けた。俺が気がついたときには障子の閉まる音がして、外廊下を走る足音がだんだん遠ざかっていって。あぁ、トシが部屋から出て行ってしまったんだ、ってわかった。



「…トシ」

トシの目から、涙が零れ落ちているのを俺は見逃さなかった。





あんなに幸せだったのに。
トシは笑って、恥ずかしそうだったけどキスも嬉しそうで、抱きしめれば抱きしめ返してくれたのに。

それが全部、全部、崩れ去った。…こんなにも呆気なく。





トシにあんな顔させたのは、誰だ?
トシの幸せを壊したのは、誰だ?
俺がトシに気持ちを伝えられなかったのは、一体誰が悪いんだ?





「…坂田、銀時ぃ――っ!」



お前さえ俺たちの前に現れなければ。
トシに余計なことを吹き込まなければ。
俺たちは今も笑いあって、幸せでいられたはずで。
そして近い将来俺の想いをトシに伝えて、トシがそれを恥ずかしがりながらも受け入れて、俺は公私ともにトシの傍にいられる存在になっていたはずなんだ。




力の限り握りしめた拳を、俺は畳に叩きつけた。
じんわり痛む拳などどうでもよかった。

……ただ、体中が怒りに満ちていた。



「…許さん…

坂田銀時、お前を俺は絶対に許さん…っ!」



俺は今、どんな顔をしてるだろうか?
…少なくとも、トシには絶対に見せられない顔をしてるのは確か、だと思った。





'11.3.6

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