こうして嵐のように酢昆布娘は去っていった……。つーか、二人っきりになっちまったじゃねぇかっ!え、これも神楽の作戦っ?違うよね、偶然だよね?
「まったく、忙しい娘だなぁ。お前、もう少しきちんと躾けろよ。嫁に行くとき貰い手いなくて苦労するぞ?」
土方は炬燵に入り込んだ。正方形の炬燵の、俺の座ってるところの右横の一辺。流しに近いからそこに座ったんだろうけど、結構近い距離だ。一人暮しの炬燵は小さい。
「神楽は嫁に行かねーよ。貰い手なんざ絶対いないもん」
どきどきしながら言葉を返す。なんでこんなに緊張するかな?え、青春真っ盛りじゃん!恥ずかしいな、俺!
「いつかはいくだろうが。ぷっ。お前、娘を嫁にやらせたくねぇ頑固親父みてぇ」
どきんっ!こんな至近距離で、んな顔して笑うなよっ!つーか、俺が父親ならお前は母親なんだからね?わかってんの?お前?
どきどきする。穏やかな土方の表情が嬉しくて、俺を気遣って「煙草吸うぞ」と一言言う土方にきゅんとして、俺とこんな風に談笑してくれる土方がかわいくて。
やっぱり好きだよ、土方。
お前のことが好きだ。
俺のこと、お前は見てくれないかなぁ…。
男同士とか、そんなのほんとどうでもよくて。
ただね、土方が好きなんだ。俺の傍でさ、笑ったり怒ったり泣いたりしてほしいんだ。
言いたい…伝えたい…そうしないと、始まらないし終わらないもんな。いつまでもこんな想い抱えたままじゃ、さすがの銀さんもきついよ。
思い立ったら即行動!俺は、今日こそ土方に想いを伝えようと急に決心した。
決心した俺は口火を切る。
「あのさ、俺…」
「…っと、忘れてた」
あれ、俺今からとっても大事な話を……。土方は思い出したように立ち上がって台所に行く。
なんだろ?ガスの元栓閉め忘れたとか?にしても、なぜに今のタイミング?ちょっと泣きそう……。
俺がちょっと打ち拉がれていると、ふわりと甘い香が鼻孔を擽った。炬燵の天板に突っ伏してた顔を上げれば、何やら深めの皿を持って炬燵に入り込んでくる土方。甘い香は皿の中から香ってくる。
中を覗き込むと、そこには煮豆が入っていた。
「え、これ…」
なんかもうそれ以上言葉を紡げなくて、俺は土方の顔を見て口をぱくぱく開閉した。これって、もしかして……。
「煮豆。お前、この間食いたがってたろ?」
この間のこと、っつっても、前回土方が休みの時に俺たちに飯を食わせてくれた時だから、一ヵ月くらい前?つーか、あの日は俺の誕生日で、忘れもしねぇ。
あの時、煮豆が食いてぇって言った俺の一言、お前覚えてたのか?お前あの時嫌味なくらいさらっと流したくせに、覚えてて作ったっていうのか?
「……違ったか?」
「ち、違くないっ!言いました!」
「あんときゃお前のうちで、圧力鍋がなかったからな。作りようがなかったんだが、今日はできると思ってよ」
「覚えてたんだ…」
「生憎、記憶力はいいからな。チャイナ娘の要望しかきけなかったから、一品くらいお前の好きなの作ってやろうと思って」
「……」
どうしよう……。涙が出てきそうだ。いや、こんなところで泣いたら引かれる。ヘタレ決定じゃねーか…我慢だ銀時!お前はやればできる子なんだからっ!
「はーっ。疲れた…。しっかしお前のところのチャイナはよく食うな。まさか10人前が綺麗さっぱりなくなるとは思わなかったぜ」
「……わりぃな、せっかく仕事が休みだったのによ…」
……やっぱ疲れたか。疲れるよな、10人前だぜ?金もそれだけ使わせたし、時間も労力も遣わせちまった。やっぱ、やるんじゃなかったーとか思ってるよな?
だが意外にも土方の答えは。
「いやいい。普段仕事ばっかりのせいか、たまに休みもらっても何していいかわかんねぇんだ。むしろ俺の料理あんなに喜んで食ってもらえると、ほんと作り甲斐あるぜ」
「また暇ができたら作ってやるよ。お前も食いてぇのあるなら今のうち言っておけ」
そう言って土方は。
物凄く綺麗な笑顔を俺に向けた。
俺の中で。
なにかが弾け飛んだ。