A








近藤をじっと睨みつければ、近藤の顔つきが変わった。顔から笑みが消え、憎々しそうに俺を睨みつけてきた。

「ふざけるな」

地を這うような声。普段の近藤からはおおよそ想像もつかないような声。
一般人なら震えあがるかもしれないが、生憎戦場を駆け抜けてきた俺にはあまり効果はない。



「なにがふざけるなだよ。関係ないだろ、お前には」

そうだ、あの時は近藤から一方的に言われることで頭がいっぱいで気付けなかったが、なんで近藤がこんなことしてくるのかその理由がわからない。俺から土方を離すような真似、どうしてこんな回りくどい真似をするのか。
…もしかして、近藤、お前も…。




「言ったはずだ。『トシは俺のだ』」

以前と変わらず、そう主張する近藤。

「なんの権利があってんなこと言ってんだよ」

俺がそう聞けば、近藤の顔はさらに歪んだ。腹立たしそうに舌打ちをすると、一度目を閉じて荒くなった呼吸を整え始めた。そしてまた目を開いて、俺を睨みつける。




「俺とトシはこれまでずっと一緒だった。トシの気持ちはよく知っている」

「え…」

また、過去の話を出してくるのか?
…でも、土方の気持ちを知ってるって?

訝しそうに近藤を見る俺に、奴は調子を取り戻したのかまた軽薄な笑みを浮かべた。




「トシは、俺と会うまで一人だった。俺と、道場の仲間たちと出会ってからだんだんとトシはよく笑うようになった」

始まったのは、土方の昔の話。

「真選組を結成してからは笑ってばかりもいられなくなったが、トシは幸せそうに笑うんだ。…俺の傍にいるときは」

そして、今の土方の話。

「あいつは…トシは、俺の傍にいるのが一番幸せなんだ」





土方の笑顔?
そんなの、俺だって見てる。俺の傍にいるときだって土方は笑う。

「ここでだって土方は楽しそうに笑ってる。一番の幸せなんて、はっきり言えるわけ…」

「否」

はっきりと、近藤は否定する。





「トシの幸せは、俺の傍にいることだ。……ぽっと出のお前に何がわかる?」

笑みを引っ込めて俺を睨みつける近藤。俺は奥歯をきつく噛みしめる。
この野郎、二言目には出会ってからの月日の長さを振りかざしやがって…。それを言われるとこっちは何も言えなくなる。



「ところで」と近藤がわざとらしく話題を変えてきた。


「先日、長く出張していたトシに休暇をやったんだが、…あまり身体を休められなかったようでな」

ハッ、とした。…もしかして、あの3日間のことか?俺の誕生日のために、子どもたちと準備してくれた…。
近藤が続ける。

「せっかくの休みだってのに誰かのために動いたそうだ。…トシは優しいから、全部受け入れたんだろう」

…土方…。




「トシは優しいからトシの口からは言わないだろう。だが、身体は明らかに疲労していた。…意味がわかるか?」

近藤が、次に言うセリフがわかる。




「もうトシを煩わせるような真似をするな」

ほら、な…。





土方が優しいなんて知ってる。
土方の仕事は命張ってる仕事で、休みなんてなかなか取れないのも知ってる。
それでも、俺…俺は………。





「トシを想うなら、これ以上トシに近づくな。…トシは、これからも真選組副長として戦う。そのためには休める時にしっかり身体を休めないとならない。
トシは俺の傍で俺を守り戦うことを幸せに思っているんだ。あいつの幸せをお前が壊すな、銀時」








…何も言い返せない自分に苛ついた。





◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



近藤が去り、ひとりきりになった万事屋。
寝室に入って、壁にかけてある藍色の物にそっと触れる。


誕生日に土方からもらった、藍色のマフラー。
もったいなくて触ることすらあんまりしてないそいつに、今日ばかりはぎゅっと力強く触れた。

じゃないとこの間の出来事がますます夢だったと思ってしまいそうで。



「土方…」

俺の誕生日のとき、無理してた?
本当はゆっくりしたかったのに、新八や神楽に頼まれて断れなくて動いてたのか?




もともと夢みたいだとは思ってたけど、前と今とじゃ意味が違う。
幸せすぎて夢だと思うのと、儚く感じて夢だと思うのとは、訳が違う。
…もちろん今は後者。



でも。
あのみんなで飯を食ってるときの楽しげな顔や、2人で酒を飲んでる時の穏やかな笑顔や、俺が渡した赤いマフラーを首に巻いて浮かんだ笑顔が、無理して出てくるものじゃないとも思う。





「あー、クソ―」

またぐるぐるしてきやがった。


マフラーを右手でしっかり掴みながらゴロンと畳に寝転ぶ。見慣れた薄汚れた天井をぼんやり眺めて、それでもやっぱり頭に浮かぶのは土方の笑顔。




…会いてぇ…。会いたいよ、土方…。





もし迷惑って言うなら、ちゃんとお前の口から聞きたい。
近藤の話を鵜呑みにはしないから、あの時みたく変に落ち込んだりしない。
けど、…お前の本音、聞きたい。




右手にマフラーの感触を確かめながら、俺は目を閉じる。
瞼の裏にはやっぱり土方が笑ってた。








なぁ、土方。
俺の傍じゃ、お前は幸せになれないのか?



土方…。








end
2010.2.7

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