嫉妬 【近藤編】








それを聞いた時。
俺は耳を疑った。


「え…?トシ、…今なんて…」

「…う…?」


俺の右隣に胡坐をかいて座るトシは、きっとどうして俺が狼狽しているかわかっていないんだろう。
不思議そうな顔をして、俺を見つめている。

わからなくて当然だ。
トシは、俺が万事屋に抱いている悪い感情を知らない。
そして、俺はトシにそれを悟られないようにしている。



なのに。


真っ黒の感情は隠しきれなくなるくらいどんどん強くなる。




「近藤さん…?」

「…あ、いや…。なんでもない、よ」

首を傾げるトシ。そのトシの顔が俺は見れない。
歯切れ悪く、それでもなんとか言葉を紡いで。トシに話の続きを促す。




本当は聞きたくなかった。
真選組以外のことで、俺以外のことで、トシが楽しげにする話など。
本当は見たくなかった。
俺を見ないで、少し遠くを見つめながら楽しそうに話すトシの顔など。


トシが今考えてるのは?
トシが今見ているのは?



俺じゃなくて、……………万事屋…?




俺は自分の耳をふさぎたかった。
トシの目を自分の手でふさいでやりたかった。
トシの口を自分のそれでふさいでやりたかった…!



…それでも、俺は我慢してトシの話を聞き続けた。
万事屋に釘を刺したのはいつの頃だった?…あぁ、6月より前のことだ。
いつから?いつから万事屋はまたトシに近づいたんだ?
どうして?どうしてトシは万事屋たちとそこまで交流するようになった?
どんな些細なことでもよかった。情報が欲しかった。


……もう一度、俺の傍にトシを取り戻すために。




「そう…か。万事屋の誕生日を祝って……楽しかったんだな…」

「あ、あぁ…」

今、俺はどんな顔をしているのだろう。よっぽどひどい顔をしているのか、トシが心配そうに俺の顔を覗き込むように見つめている。
胸がムカムカして気持ち悪い。頭はぐるぐると回り、思考がまとまらない。
今の状態ですべてを吐きだせば、一体どんな言葉を発してしまうだろう。今の状態で体を動かせば、一体どんなことをしでかしてしまうだろう。自分のことなのに、それすらわからなくなっていた。…そんな状態だったから。
自分が何を言ってるのか、気づくまで少し時間がかかった。

「…トシ、その…」

「…?」

「今から変なこと聞くが…ちゃんと答えて欲しい」

「あ、うん…」


…俺は、トシに、一体何を聞こうとしている…?
俺の頭は完全に判断力を失っていた。





ふと。

「近藤さん、具合でもわりぃのか?」

そんな言葉とともに頬に少しひんやりしたものが触れる。




トシの、手。




そうわかった瞬間、俺は今まで俯いていた顔を上げトシをまっすぐ見つめる。頬に触れたトシの手は俺が顔を上げたと同時くらいに離れていったから、しっかりと掴んだ。…離れようとするなど、許さない。

驚いたトシが俺の名を呼ぼうとする。それをわざと遮って、トシを強い目線でしっかり見据えた。
再度驚いたトシが、コクリと生唾を飲み込む。少し緊張した面持ちで俺の言葉をじっと待つトシ。

トシの、色素の薄い藍色の目に俺が映っているのがわかった。目だけじゃない、耳も、その体の全神経が俺に集中されているのを感じる。

俺は、歓喜した。
欲しかったものが手に入ったような気持ちになる。
いや、もともと俺のだ。俺の、俺の、俺だけのもの。





俺だけの、トシ。







…そうだ、俺だけの。
だから。








「トシは…




俺と銀時と、どっちが大事だ…?」





答えは、『近藤さん』以外に許さない。







「近藤さんは、俺たちの大将で俺の親友だ。今も昔も、これからだって、俺は近藤さんが大切だ」

トシから返ってきた答えは、完ぺきだった。
万事屋…銀時の入いる隙など微塵もないと感じるほどの。


なのに、なぜだ?
どうしてこんなに物足りない…?




「他と比べるとか、よくわかんねぇよ。近藤さん」

それは、どういう意味だ?
どうして比べられないんだ?なんで“わからない”なんて、曖昧なことを言う?




ぼんやりしていたんだろう。気づくとトシは、俺が掴んでいないほうの手で俺の片頬を抓ってきた。

「!!痛いよ、トシ!?」

「人に質問しといて放置すっからだ」

「あ、あぁ…。…なんか照れちまって…」

…咄嗟につく嘘。トシはさらにむくれてみせる。俺の嘘がわかったからじゃない。きっと、“あんなことを言った俺のほうがよっぽど恥ずかしい”って思ったんだろう。





…が、トシはそのあと柔らかに笑みを浮かべた。
俺の顔を見て、面白そうに、笑う。



それを見て、…たまらなくなった。





「トシ…っ」

トシの腕を引っ張って、強く強く抱きこむ。自分の腕の中に閉じ込めるように、俺とトシの間に隙間などできないくらいに。

トシの苦しそうな吐息も聞こえてきたけれど、それすら全部俺のものにしたかった。




俺のもの…



そうか。
俺は。




とんでもない思い違いをしていた。





俺が欲しいのは、“トシの親友”のポジションじゃない。“大将”のポジションでもない。
もっとずっとどろどろした、熱い、想い。




トシが欲しい。
親友よりずっとずっと甘くてやらしいことができるポジションがいい。
トシを誰の文句も言わせず独占できるポジションが欲しい。




俺は。


トシが好きなんだ。





トシの吐息すらすべて吸い尽くすように、俺は繰り返しトシに口付けた。
トシはすべて受け止めてくれた。…最後にはぐったりとしていたが。
悪態をつくトシの頭を撫でながら、俺はいつものように情けない顔をして謝った。
首筋にあたるトシの艶やかな黒髪の感触を楽しみながら、トシの体を優しく抱きしめ続ける。


トシ…。
きっと、手に入れるから。
親友のポジションも、大将のポジションも、…恋人のポジションだって。



すべて、すべて。
俺のものだ。




お前にはやらない。…なぁ、万事屋?






end
2010.2.1

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