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◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


朝7時。
早いと思ったんだが、チャイナが朝飯から俺の作った飯がいいと頼んできたので、俺はこんな朝早く万事屋の家に来ていた。


弁当はもう作ってある。重箱3段×2だ。まるで夜逃げでもするような荷物の量で、俺は何度笑いそうになったかわからない。
4時起きして作ったものだった。年甲斐もなく、俺もわくわくしちまってなかなか眠れなくてな…。これはオフレコだ。恥ずかしすぎる。



万事屋の家を見上げればチャイナは玄関先で待っていて、そんなにまで楽しみにしていたんだなと思って、俺はほんと嬉しくなった。



チャイナがこちらに気付いて元気よく挨拶する。

「おはよう、トシちゃん!」

「ん、おはよ」


満面の笑みを浮かべながら近寄りきゅうっと自分にしがみついてくるチャイナ。俺はぽんぽんとチャイナの肩を軽く叩いて、「飯、作るか」と声をかけた。チャイナは「私も手伝うアル!」と元気よく言って、俺たちは台所に立った。持ってきた自前の黒いエプロンを紺の着流しの上からつける。



さて、そんな流れで台所で飯を作っていると。



少ししてからこの家の主人が起きてきた。

「あ〜〜〜、神楽〜〜〜?お前、今日は早ぇな…。…それに、今日の飯当番俺じゃない……け……」

そう言いながら台所に入ってきた男。言わずもがな万事屋だ。
俺は振り向いて、眠気の所為かぼーっとしてるそいつに向かっておたまをかざしながら言ってやる。


「お前なぁ、朝起きたらなんて挨拶するんだよ?お前がそれだからチャイナがちゃんと挨拶しねぇんだぞ?」


すると、万事屋は相変わらずぼーっとはしていたが、

「…おはよう…ございます……」

と言ってきた。…よし、合格としてやるか。



「おはよ。顔洗ってこい。朝飯にしようぜ」

そう、俺が返事を返したそのときだった。





「ぎょえぇぇぇぇええええ〜〜〜〜〜!!??」

万事屋の顔が赤いんだか青いんだかよくわからないような顔色になったと思ったら。
今まで聞いたことも無いような奇声で、万事屋が叫んで。
そんな万事屋に俺が驚愕して目を白黒してる隙に、傍に居たチャイナがすばやく万事屋に回し蹴りを喰らわして地に沈める。




お見事、と思わず拍手しちまった。




どうやら万事屋は、今日動物園に行くということを聞かされていなかったらしい。


それじゃあ驚いて当然だ。こんな朝っぱらから、知り合いで私服とは言えど警官が台所に立って、自分の従業員と一緒に朝飯を作っていたなんて。
まったく意味のわからない状況だ。



俺からも万事屋に直接連絡すりゃあよかったんだよな…。
なんか……恥ずかしい話……『明日の弁当どうしよう』とか『どこから動物を見ようか』とかばっか考えてて……。そんなこと考えもしなかったぜ。



万事屋にはいきなりもいきなり、寝耳に水みてぇな話だったんだろう。さすがに悪いと思って、万事屋にチャイナとだけ行ってもいい、と言えば。
なんかすげぇ勢いで「俺も動物園に行く!!」と言ってきた。
そのテンションにびびりつつ、そんなに動物が好きなんだなぁ…と感心しちまう。好きでもなかったら定晴みてぇなデカ犬なんて飼えねぇだろうし。



まぁ、そんなアクシデントはあったものの。
いつも通りの時間にやってきた従業員その2の眼鏡小僧も連れて。
俺たちは当初の予定通り動物園へと足を運んだ。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


動物園に着くと、神楽はおおはしゃぎだった。


「きゃほーー!早く早く!早くこっち来るネ!」

「もう、神楽ちゃん!そんなに急がなくても動物園は逃げないよ」

入場券を出して入った途端、チャイナはうわーっと走っていった。俺はその様子を苦笑いしながら見つつ、ゲートを潜る。



…動物園なんて何年振りだろうか?
確か、仲間内でも行った気がする。田舎から出てきたばかりで、何もかもが新鮮に見えたあの頃。古参の者たちだけで動物園に行ったのだ。
あのときは近藤さんがゴリラ系の宇宙動物に求愛されてたいへんだったっけ。俺は思い出してしまい思わずクク…っと笑う。



「な〜にがおかしいの?」

その声に隣を向けば、万事屋の不思議そうな顔があった。俺は「昔、来たことを思い出したんだよ」と答える。


「…ゴリラと?」

「…俺は人としか出かけねぇよ」

まったく、こいつはいつまで俺たちの大将をゴリラ呼ばわりするんだよ。ムッとして万事屋を睨むと、万事屋ははぁ…と溜め息をひとつ吐いて。また喋りだす。


「今日は俺たちと来てるんだから、俺たちと全然関係のないこと考えちゃ駄目だからね」

「え?」

言われた意味がよくわからない。
はい、約束〜。と一方的に言われ、俺の持っていた弁当の入ったクーラーボックス(万事屋の)をひったくられた。
実質、俺が持っているのは肩にかけてる2リットルの水筒と、懐にある財布くらい。
万事屋は敷物やらおしぼりやらが入ってるトートバックと、俺からひったくったクーラーボックスとで…。すっげぇ重そうに見えた。



「お前、それいくらなんでも重いだろ?」

なんだよ、俺も荷物持つぞ?


不満そうに言えば、万事屋は笑った。



「朝飯も作ってくれて、弁当も作ってくれて、更には動物園の入場券も奢ってもらっちゃっただろ。荷物持つくらいさせろって」

「…」


…そう言われると断る理由がねぇ。
……つぅか……。



「…わり…」

「ん?」

「なんつぅか、その…俺は……」


こんなにぽんぽんと金出して、こういうのって男はプライド傷つけたりするよな…?
あんまり気前よくやっちまうのも考えもんだ、って総悟が言ってたのを思い出す。
恩を着せてやろうとか、そういうのはまったくなくて。
ただ、チャイナが「遊びに行くお金、うちにはないアル…」と寂しそうに言ってたから、そればっかり考えてて、男のプライド云々なんてまったく考えもしなかった。



なんて言えばいいのかわからなくて俯いてると、万事屋が口を開く。

「おたくが何を気にしてるのか知らないけど、俺はお前に純粋に感謝してるぜ?」

「!」

万事屋のその台詞に顔があがる。万事屋と目が合うと、万事屋はそっと目線を外して空を見上げて。言葉を続けた。


「だから、多串君も俺に荷物持ってもらうことを純粋に感謝しときなさい」

「…多串じゃねぇし…」


そう返しつつ、俺は胸がぽかぽかしてくるのを感じていた。ひょっとしたら顔も緩んでたかもしれない。
たまに、こっちが明確に言わなくてもこいつに通じちまうことがある。そんなとき、やっぱり俺より数年長く生きただけあるんだな、って思う。
それは正直悔しくもあるし、それなりに居心地がいい。




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