俺は携帯を見やって、何も連絡が入っていないことを確認する。
料亭から屯所まではそんなに遠くなかったはずだが、この雨の所為か遠く感じた。
まぁいい。見廻りがてらのんびり屯所に帰るとしよう。
俺はふと横の河原に眼をやった。
水かさが恐ろしいくらいに増えていて、河川の氾濫とか起こらねぇか思わず心配になった。
と、その河原近くに人が立っていることに気づく。どっかでみたことのある後姿だ。
……あんな目立つ銀髪・服装は、あいつしかいない。
って、あいつ、こんな豪雨の中傘もささねぇで何やってんだよ!?
「万事屋!?」
俺はそいつの元に駆け寄った。
近くに行けばやっぱり万事屋で、体はびっしょり濡れている。
こいつ、いったい何考えてやがんだよ!?
「ばか!何やってんだ、傘もささねぇで」
「…え…」
俺は自分の傘に万事屋を入れて、怒鳴る。
万事屋はどこかぼんやりした顔で俺を見やった。
「…ひじ、かた…?」
なんでこいつはこんなにボーっとしてんだ?
俺だっていうのは認識できたようだが、寝ぼけてんのか?いつも死んだ魚のような目をしてるが、今日はいつもより濁ってる。
しっかりしろよ、お前俺より3つくらい年上だろうが。
ボーっとした顔のまま、万事屋が俺に尋ねてくる。
「…んで、お前ここに…?」
「あ?こっちまで出張る仕事があってな。その帰りだ」
ここまで会話して、俺は確信した。違和感がある。
寝ぼけてる…わけじゃなさそうだ。なんつーのか、落ち込んでるようにも見える。
そもそも、俺に軽口を叩いてこないのがおかしい。すっかり俺は調子が狂って、なんだか心配になってきた。
万事屋はこちらをじっと見つめてくる。その目は苦しそうで、表情も硬い。
…なぁ、どうした?俺に何か言いたいことでもあるのか?
「…おい…?なんかあったのか?」
俺が万事屋の顔を覗くと、万事屋は俯いてしまう。そして、何も話してくれない。
「……」
「お前らしくねぇぞ?いったいなんだってんだよ?」
この一言に、万事屋の纏う空気が変わる。
なんだ?と思う間もなく、こちらをキッと睨みつけて万事屋が怒鳴った。
「俺らしい…?俺らしいってなんだよ!?お前が俺の何を知ってるっていうんだよ!!?」
「!?」
その代わりように俺は驚いて、ただ万事屋のぐしゃっと歪んだ顔を眺めた。
万事屋の怒鳴り声は続く。
「お前が俺の過去を知ってるか!?生い立ちは!?誕生日は!?癖は!?いくつお前は俺のことを知ってるって言うんだよ!!?」
「…」
「…ほらな?なんも言えね―じゃねぇか。俺のことなんかなんも知らねぇくせに、“俺らしい”なんてわかるはずねぇだろ!?適当なこと言うんじゃねぇよ!!」
「……」
まるで、泣き声みたいだった。
なんでお前……んな泣きそうな顔してんだよ?
そんで、万事屋の言ってることって………えっと…………
「……帰る、わ……」
しばしの沈黙の後、万事屋は俺の傘から出ようと動き出す。
その顔は俯いていて、どんな表情してるのかはわからない。
けど、その声が沈んでて、苦しそうで。
…見てられない。
「なぁ…」
俺は、なんも考えてなかったけど、万事屋に声をかけた。
万事屋の肩が大げさなくらい揺れる。でも、俺の傘の中にその身体はとどまった。
話を聞く気はあるらしい。俺はどうしても万事屋に確かめたいことがあったから、その態度にほっとした。
俺は続けて万事屋に話しかけた。