B




それがお前の正体?
俺は嫌悪の意味を込めて近藤を睨み付ける。

土方はそんなお前の姿を知ってるのかよ?お前、偽った姿で土方と接してるんじゃあ…。
だとしたら最低だな。


近藤は、口の端を持ち上げた黒い笑みを浮かべて、俺に予想外のことを尋ねてきた。




「お前、トシが好きなんだろ?」




ばれた。
何でそんなに簡単にわかるんだよ……。

「…あんた…、なんで…」

「わかるさ。俺のトシに不純な動機で近づく奴の匂いくらい嗅ぎ分けられる」

「『俺の』…?…じゃあ、土方って、…まさかあんたと…」

「勘違いするなよ。俺とトシは親友だ。そして、トシは俺の傍から決して離れない」


どういうことだ?
土方とは恋仲じゃないんだろ?何でこいつ俺を牽制するような真似してくるんだよ?それに、『土方が近藤の傍を離れない』ってどういう意味だ?

俺は、わけがわからなくて訝しげに近藤を見る。「お前にはわかるまい」と嘲笑う近藤は、更に畳み掛けるように俺に言ってきた。



「銀時。お前がトシの何を知ってる?トシの誕生日、トシの生い立ち、トシの過去、トシの嗜好、トシの癖、トシが嬉しがること、トシが泣くこと、トシの夢、…トシが一番大事にしてるもの。なぁ、いくつ知ってる?」

「…!」


俺ははっとした。
俺は、土方のこと何も知らない。
…それは同時に、土方も俺のことを何も知らないということを意味する。


けれど、近藤と土方は違う。
その過去も、現在も、もしかしたら未来も共有して、お互いがお互いを知っている関係で。
その絆は、深い。


…近藤と土方は恋仲じゃない。
けど、この絆は、俺に重くのしかかってきた。

なぜなら、『恋人』って『親友』よりもっと深い関係にならないといけないだろう?
男と女だったら違うかもしれない。けれど俺と土方は男だ。
土方と恋仲になるんだったら、近藤と土方の絆を超えるくらいじゃないとそうなれない気がした。





  無 理

俺の脳裏に、そんな2文字がちらつく。



近藤がまた話しかけてくる。

「お前はトシのことを何も知らない。そしてこれから先もずっと知る必要はない」

「トシは 俺のだ」



呆然としている俺に、近藤は更に耳元で囁く。

「一個だけ教えてやるよ。トシが一番大事にしてるもの」


頭の中で警鐘が鳴る。
駄目だ、聞かないほうがいい。これを聞いたら立ち直れない。
嫌な勘ってのは冴えるもんだ。きっと聞かないほうがいいんだろう。

でも俺は、それでも土方のことはなんでも知りたくて。
近藤の言葉に、全神経を集中させてしまった。


嘲笑う近藤の声が耳障りで、それでも俺はその一言を聞いてしまった。



「トシが一番大切にしてるのは、真選組と……、その局長であり親友の俺のことだよ」



目の前が真っ暗になった気がした……


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


その後、どうやって帰ったかなんてわからない。
気付けば俺は寝室の万年床の布団に突っ伏していた。


「…勝ち目なんて……ねぇじゃんか…」

ポツリと無意識につぶやいた一言が更に現実味を持たせる。
一気に脱力して、俺はそのまま目を閉じた。
……眠れそうになかった……。








季節は、もうすぐ梅雨。俺の嫌いな、雨が降る季節。雨の匂いをうっすら嗅いだ気がして、俺は息でも止めてやろうかと思った。









END

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