「トシ、何か言うことはないか?」
「…え」
俺はトシの真ん前に立ち、トシを見下ろす。
トシは目線を外してしばらく考えを巡らせ、やがて小さな声で「す、すまねぇ…」と謝った。俺は首を振る。
「違うよ。それじゃない」
「ちがう…?」
「帰ってきたら何ていうんだっけ?」
きょとんとするトシ。意味を理解するとほんのり頬を染めて、さっきより小さい声で「タダイマ…」と言ってくれた。
「聞こえないぞー、トシ?」
にやにやと笑うと、上目遣いで睨んでくる。かわいいだけだぞ、トシ?
「ただいま!〜〜〜もういーだろっ?」
「うん。おかえり、トシ?」
俺はしゃがんでトシに近付き、その身体をぎゅっと抱きしめる。それで幸せになるはずだったのだが…。
「……トシ」
「あ?」
「……なに?このにおい…」
「…風呂入ってねぇから……今軽くシャワー浴びてくる…」
「甘い匂いと朝ご飯作った後のお母さんの匂いがする」
「お…お母さんって…」
また俺は一気に不機嫌になった。トシの身体を離してトシの目を見据え、昨日の夜からどこにいたのか、何をしていたのか言えと促した。
「…ってか、何であんたそんな鼻がいいんだよ?」
「話を逸らすな」
「近藤さん、」
「言いなさい」
それから、トシから聞いた話は俺を驚かせるのは十分な内容だった。
「昨日は万事屋が酔った俺を自宅に泊めてくれたんだ。だから、詫びで朝飯作ってやって、チャイナ娘含めて3人で食って、片付けしてたから遅くなった」
「…どうしてすぐ連絡しなかった?」
「……午後から仕事だし、いいかと思って…。まさかんなに騒ぎになってるなんてわかんなかった……」
「……トシは真選組副長だろう?」
「……すまねぇ。すっかり失念してて…」
「そんなに………いや、なんでもない。で?菓子作りまでしたのか?」
「あ?あぁ…いや。万事屋がとんでもねぇ甘党で、砂糖が山ほど入ったオムレツをつくったせいだと思う……。……たぶん」
何を思い出したのか、トシの顔が紅い。
銀時に 朝飯?
最近俺すら食べれないトシの手料理を、銀時は食べたっていうのか?自分好みに甘くしてもらって?
真選組に連絡をいれることすら忘れるほど楽しかったのだろうか?
ずいぶんと楽しそうな顔をしている。
でも、その後の複雑そうな紅い顔はなんだろう?
「トシ……銀時になんかされたのか?」
「なっ、なんで?何もねーよっ!」
「……声が上ずってるぞ?何をされたんだよ?」
「ち、ちが……」
逃げようとするトシを許さず、腕の中に閉じ込める。そして、耳元で囁いた。
「……俺には言えないことか?」
「ふ、ゃっ」
びくん、と身体を揺らすと、トシは俺にしがみついてきた。
「こんな甘い匂いさせて…銀時に本当に何もされてないのか?」
耳たぶを咬みながらできるかぎり甘く言ってやる。
「や、…んっ」
「ん?トシ」
仕上げとばかりにトシの耳の孔に舌をねじ込み、そっと動かした。
「あぁぁっ!そ、れぇ、いやだぁっ!」
トシは身体を震わせて必死で俺から離れようとするが、俺はしっかりとトシの身体を抱え込んでいるから無駄だ。
「気持ちイイ、だろ?」
「やぁっ、わ、るかったっ、て……」
「ん?何、トシ?何か悪いことしたのか?」
ちょっと意地悪かなぁと思ったのだが、それくらいには俺は怒っていた。
自分に隠し事など許さない。
自分のさらなるどす黒い感情をごまかすように、トシの耳を下から上に舐めあげた。
「し、してないっ!やんっ」
「じゃあ言えるだろ?銀時に何されたんだ?」
とうとう観念したのか、トシは真っ赤になった顔を俺の方に向けてきた。
さっきの俺の暴挙のせいで、その黒真珠みたいな綺麗な瞳は潤んで揺れている。
その顔があんまり煽情的で、俺は目茶苦茶にキスしたかったがぐっと堪えた。
「絶対あんた笑うよ…?」
「?」
「あいつ…俺の飯食って……『好みだから嫁かメイドになれっ』て、抱きしめてきた……」
「はあっ!?」
「!くっそ!だから言いたくなかったんだっ!」
トシの顔は羞恥で真っ赤に染まる。
「あいつ…まだ酒が残ってたんだと思う。絡まれたんだよ、俺はっ!被害者だっ!だろ!?」
「あ、あぁ…」
「大体、飯が自分の好みだからって普通それだけを理由に結婚しねーだろっ?嫁さんに対する冒涜だっ!信じらんねーっ」
「……」
「悪ふざけが過ぎるってんだ!親友でもねぇのに抱きしめやがって……」
うわっ……。鈍感……。
俺は少しだけ銀時に同情した。銀時の行動や言葉がまったくと言っていいほど伝わってない。