「ちょっ、あんた!さっきはわからないとか言ってたじゃないですかっ!」
「いやなに、隊士たちの青い顔とか慌てふためく様子を見てたら思い出したんでィ」
「……嘘だ。覚えてたけど言わなかったんだ…。絶対この状況を楽しんでたんだ…」
虚ろな目の山崎。俺はそれより何よりトシの居場所を知りたくて、「それで、心当たりはっ!?」と聞き返した。
「いえね。昨日の花見で酔って寝呆けた土方さんが自動販売機によじ登って『チョモランマ登頂!』と叫んだ直後、電池が切れたように突っ伏しちまったのを見やした」
……何やってるの、トシ。
昔から泥酔するとわけのわからない行動をする子だからなぁ……。
「え?でも昨日花見した公園は何度も行きましたが、副長はいませんでしたよ?」
「まだ話は終わってねェや。で、その土方さんが寝た自動販売機の取り出し口をふと見たら、万事屋の旦那が挟まってやした。甘味王国がどうとか言いながらね」
……何をやってるんだか、銀時も。
「俺ァ、面白そうなんでそのまま放っておきやした」
「ちょっとぉ!気付いたならトシのこと連れ帰ってきてよっ!」
「嫌でィ。そこまでする義理はありやせん」
「なんでよっ!」
「……え?それで、なんで副長の場所に心当たりがあるんですか?」
「土方さんは旦那と一緒だったんだぜ?それで今だに連絡もなく行方知れず」
「だから?」
「鈍いぜィ、山崎。旦那にお持ち帰りされたに決まってんだろィ」
俺と山崎は、たっぷり30秒は凍り付いた。
「お……おおぉぉお持ち帰りぃーーーっ!!?」
「な、なななな何言ってんですか、あんたっ!!?」
「そしたら全て辻褄が合いやすぜ?旦那にめっさ可愛がられて、きっと今頃まだ疲れて寝てるんでさァ。だから連絡もこない」
「そっ……それって、どーいう……」
「どーしたィ、山崎。ものっそい顔色悪いぜ?」
俺は、そんな2人のやりとりも耳に入ってこなくて。ただ茫然としていた。
トシが。
俺以外に。
触られるのを許す…?
今までなら、絶対にそんなことはない!と言えただろう。
けど、銀時は。
銀時相手だと、「大丈夫だ」と言えなかった。
なぜか、トシの隣に銀時が近づくだけで焦燥感にかられる。
勘でしかない。
だが、この勘は誤りではない気がしてならない。
俺がいつもなら笑い飛ばす総悟の冗談に茫然としていたからだろう。総悟が眉を寄せて俺の顔を覗き込んできた。
「あんたも顔色悪いですぜ?あらァいつもの冗談でさァ。本気にしてもらったらボケっぱなしで俺が困りやす」
「あ……あぁ、すまん。俺、まだ寝呆けているようだ…」
ははは…と乾いた笑いがこみあげた。総悟は怪訝な顔をしていたが、このことについてはそれ以上は何も言わなかった。
「ですが、旦那と一緒にいるってェのはありえることですぜィ。なんだかんだで土方さんも嫌っちゃァいねェようですし。今頃万事屋でのんびり飯でも食ってるんじゃないですかい?」
「……そーですかね。いつも会えば一触即発じゃないですか」
「わかってねェなァ、山崎。ありゃあ初期の悟空とベジータみたいだろうが」
「………そーですかね……。ていうかその例えもどーかと……」
「そのうち帰ってくんだろ。土方さんの仕事は午後からなんだろィ?午後になっても帰ってこなけりゃそのときまた慌てりゃいいだろ?」
「確かに…。仕事の時間になっても来ないなんてこと、副長にはありえないことですしね」
「そしたら俺も考えるや」
そういい終えると、総悟は
「原田と見廻りいってきやす」
と珍しく仕事へ行った。
トシがいないときは総悟はたいていおとなしい。あれは総悟の過剰なまでのスキンシップなのだ。
俺はとにかくトシが屯所に帰ってくるのを待つことにした。総悟の言うとおりだ。午後になってもトシが戻らなければ市内中を探しまくろうと考えて、俺は遅めの朝食をとった。
正直、あまり食欲もなかったが、『腹が減ったら戦はできぬ』だ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
トシが屯所に戻ってきたのは11時を少し過ぎてのことだった。
「副長っ!!」
「どこに行ってたんですかぁっ!?」
玄関の方から隊士たちの悲鳴に似た叫び声が聞こえて、俺は局長室を飛び出した。
「?今日は俺は午後から仕事のはずだが…?」
「そーですけどっ!」
「誰にも何も言わず、昨日の夜から行方知れずだったじゃないですかっ!」
「いったいどれだけ俺等が心配して探しまくったか……っ!」
「……あ」
そんな会話を耳にしつつ、どたどた廊下を走って俺は玄関に辿り着く。その音に、隊士数名とトシが気付き、俺の方を見た。
「こ、近藤さん…」
…若干強ばったような表情をしているのは、俺も似たような顔をしているからだろう。
あぁ、…トシだ。
「局長っ!副長が無事に戻られました」
「あぁ…」
ぼーっとトシの顔を見ていた俺は、隊士の声になんとか応えた。
「連絡が付かないからほんとに心配してたんですよ」
「不逞浪士に襲われて、さらわれたんじゃないかとかっ」
なおも隊士たちはトシに言い寄る。
トシは気まずそうな顔も覗かせるも、ねちねち言われ続けてだんだんいらいらしてきたのだろう。
ついにキレた。
「あーっ!うっせーなっ!無事に帰ってきたんだからそれでいーじゃねぇかっ!」
「ふっ、副長っ!」
「れ、連絡し忘れたのは悪かったが、俺が簡単にやられると思ってんのかっ!?なめんじゃねーよっ」
「し、しかし、一体どこに行かれて…」
「どこだっていーだろっ。年ごろの娘じゃねーんだ。好きに行動させろよ」
ぶちっ
「ん?何の音……」
がしっ
「……え?…近藤さん…?」
俺は。
驚くトシに構わずに腕を掴むと、局長室へ向かう。
後ろの隊士たちが何か言っていたが、まったく聞こえなかった。
何かが キレた。
トシ、お前は
誰のだ?
局長室に着くと、俺はトシを部屋のなかへ放り込んだ。そのまま畳のうえに倒れこんだトシは、身体を打って痛そうに顔を歪める。俺は障子を乱暴に閉めた。
「こんどうさん…?」
トシは、乱れた着流しを簡単に直しながら上半身を起こした。
その目は戸惑って揺れていたが、まっすぐに俺を見上げていた。
その目で少し俺は冷静さを取り戻す。しかしおそらくその顔は無表情なのだろう。トシの顔から強ばりはとれない。