「俺の……」
「…お、まえの?」
「お嫁さんになってください」
「……」
「こんな美味い料理初めて食った。俺は3食この味がいい。新八のは味が濃すぎるし、神楽なんて問題外だし」
「……」
「もう、好み。多串君の作り出す味にもうメロメロ。ほんと美味くてびっくりしたよー」
「……」
「神楽も定晴もお前にすっかり懐いてるしさ。歓迎してくれるって。ていうか飯美味すぎ。味噌汁とか絶品だった」
「……」
「極め付けはオムレツだね。形も味も最高傑作っ!俺、嫁さんにするかどうか見極めるのはオムレツだから。外はふんわり、中半熟の甘甘オムレツ。ばっちり!理想どおりだったよ〜」
「………」
「お嫁にきて、土方?」
その男は口の端に卵をくっつけて、ものっそい笑顔でにーっこり笑いかけてきた。
「……お………」
「『お』?え!なにナニ、ひょっとして『OK』っ!?」
「……俺は、……男だぁーーーっ!!」
俺は、
万事屋に懇親の拳を食らわした。
「てめぇは嫁をなんだと思ってんだ、こらぁぁぁっ!!」
万事屋は横っ飛びで吹っ飛んで突っ伏した。
すぐに上半身をあげて殴られた頬をさすりながら声を荒げた。
「痛いっ!今のはすんげぇ痛かったよっ!?思わず泣きそうだもんっ!信じられないっ!」
「信じられないのはこっちだバカヤローっ!嫁さんは飯作り機械(からくり)じゃねぇんだよっ!
飯のためだけならメイドでも雇えやっ!」
「えっ!?土方、メイドだったら来てくれるのっ!?それこそ大歓……」
「んな話してねぇんだよっ!人の話聞きやがれぇっ!」
「土方っこらっ!俺はお前の料理がいいんだって!
お前が嫁かメイドになるしかないよっ!?」
「なんだその絶望感漂う選択肢はっ?!だから、俺は男なんだってっ!!!」
「じゃあ、主な夫と書いて主夫(しゅふ)でいい」
「てめ、一遍死んでこいやーーーっ!!!」
馬鹿だマダオだと思ってたが、ここまでだとは思わなかった……っ!
つーか、冗談だよなっ!?こいつ目がマジなんですけどっ!いつもの死んだ魚の目はどーしたっ!?
俺は自分に抱きつこうとする男を必死になって押し退けた。
「嫁にきてよぉーっ!銀さん結構一途よ?その分独占欲も強いけど」
「いや、ほんとお前何言っちゃってるのっ!?いかねーよ!お前の目的は飯だけだろーがーっ!!」
「そんなことないよ?土方は綺麗だから目の保養というお仕事もつけるよ?そこにたたずんでいてくれ」
「男に綺麗って言うなっ!つか、なにそれ、俺、観葉植物っ!?」
「昨日も抱き心地よかったし、銀さん専用の抱き枕のお仕事とかもあるよっ」
「!!な、ななななな…何を言っ…」
ホントお前、何言っちゃってんのーーーっ!?
俺はもう頭が沸騰してきた。やたら顔が熱い。
落ち着け、こいつの立ちの悪い冗談なんだからっ!絶対っ!
ほんと必死で逃げてたのに、ついに万事屋に捕らえられた。
万事屋の胸を両手で懸命に突っぱねるが、適わない。腕力の違い?…考えたくもない。
俺の腰をしっかりと捕み、息がかかるくらいの距離に万事屋は顔を近付けてきた。
「嫁にこいよ……」
今まで聞いたことのない、低い、甘い声。
初めて見た、獣のような目をして微笑む万事屋。
思わず、背筋がゾクッとした。声を出すこともできず、万事屋をただ見つめた。
恐怖……とは考えたくなかったが、それに近い。嫌だ、こんな万事屋。……よくわからないが、嫌だった。
そのとき。
がぶぅ。
そんな擬音がぴったりだった。
定晴が、万事屋の頭にかみついたのだ。
「だぁぁぁぁああっ!噛まれたっ!噛みやがったっ!この、馬鹿犬っっ!」
「さ、トシちゃん。こっちくるヨロシ」
定晴に噛まれた拍子に万事屋は俺から離れ、代わりにチャイナ娘が俺の手を掴んだ。
「ちょっ…神楽っ!神楽ちゃあぁぁん!?この犬なんとかしてっ!」
「うっさいアル発情男。トシちゃん怖がらせた罰ネ」
「……」
もう、なんか、どっから突っ込めばいいのか……。
食器やらなにやらを全て片付け、ちらと万事屋の方を見た。万事屋は、頭からドクドク血を流して倒れている。ぴくりとも動かない。
さすがに心配になって、あいつ大丈夫か?とチャイナ娘に聞くが、いつものことネ、気にする必要ないアルとそっけない返事が返ってきた。
チャイナ娘は、なんか知らんが相当怒ってるようだ。
「これ。材料費置いとくな」
少し多めに見積もって、テーブルの上に置いた。
チャイナ娘が俺に近づく。
「トシちゃん。うちのマダオはあんなんだけど、悪い奴じゃないネ。嫌わないであげてヨ…」
「チャイナ…」
お前はいい子だな、と頭を撫でてやる。
「昨日の酒がまだまわってたんだろうよ。俺は気にしてねぇから」
「ん。安心したヨ」
にっこりチャイナは笑った。俺も笑ってやった。
「わたしもトシちゃんの料理好きヨ?また作ってほしいネ!」
あんまり一生懸命言うから、それが嬉しくて俺は了承してやった。
「そうか…。んじゃあ、非番の日にまた作りにきてやるよ」
「ホントアルかっ?めっさ嬉しいネ!きゃっほーっ!」
「大袈裟だな」
「うち、貧乏だからあんまりご飯食べられないネ…。いつもおなかペコペコヨ」
「え」
あのマダオ。こんな成長期の娘に満足な食事も与えられないのか!…つーか、この娘、人の倍以上食うみたいだから、平素でもなかなか腹いっぱい食うことできなさそうだが…。
「トシちゃん、また来るヨロシ。大丈夫ネ。わたしと定晴でマダオの魔の手からトシちゃんをしっかり守るヨっ。安心するネ」
「……あぁ」
……もういいや。
万事屋を出て、屯所に戻ろうと歩きだした。結局ろくに礼を言ってないことに気付く。
煙草を取り出して、火をつけ、深く煙を吸い込んだ。
まあ、いいか。
どうやらまた飯を作ってやる機会があるらしいし。
そう思うと楽しい気分になった。鬼と呼ばれる自分でも、やはり人の喜ぶ顔は嬉しいらしい。
万事屋の戯言などすっかり忘れ、本当に気分よく屯所に帰ってきた俺。しかし、屯所内は昨日の夜から行方不明になった俺を大捜索していたらしく、ちょっと大変なことになったのだが、それはまた次の話。
続