雨は 嫌だ
いろんなことを思い出しちまう
守りたかったもの
守れなかったもの
ともに戦った仲間
息絶えていった仲間
雨に打たれ、冷たくなっていく体
血のニオイと雨のニオイが混じった、あの独特のニオイ
血糊でべっとりした刀を握って、泣きだした空をじっと見上げてた
何も考えたくなかった……
もう、二度と繰り返したくない
大切なものが俺の腕に何一つ残らない、あの虚無
もう、絶対繰り返したくない
…雨の日は、そんな無力な自分を思い出す
だから、俺は雨が
大嫌いだ
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
その日、俺はぶらぶらと河原を歩いていた。
万事屋は休業中だ。今、何もやる気が起きない。
新八や神楽が心配そうな目で見てくるのが居た堪れなくて、俺は金もないのに朝からずっとぶらぶらしてる。
もう昼過ぎか…。厚い雲の合間から時折覗く太陽は、今真上にきてる。
あの日。
近藤にあの話をされて、今日まで一週間。
俺の頭の中はそればっかりだった。
飯はおろか、大好きな甘味すら喉を通らない。
なかなか眠れないし、寝ても浅い眠りで、……昔の戦争の夢ばかり見た。
『お前はトシのことを何も知らない。そしてこれから先もずっと知る必要はない』
『トシは 俺のだ』
『トシが一番大切にしてるのは、真選組と……、
その局長であり親友の俺のことだよ』
俺は。
自分が人一倍独占欲の強い人間だって自覚してる。
一度欲しいと思ったら、退くなんてこと知らない。
だから、誰がなんて言おうとも突っ走ることができる。
今までだってそうしてきたんだ。
土方に対してだって、ゴリラがなんと言おうと、例え土方の気持ちが違うどこかに向いてようと、アピールすることだって…無理やり奪うことだってきっとできるんだ。
…なのに。
俺は今まったく動けないでいる。
進むことも退くこともできない。土方に告ることも諦めることもできない。
俺は愕然とした。
土方が好きなんだっていうのはわかってた。でも、こんなにも大切に大切にしたいと思ってるなんて知らなかった。
傷つけたくない、と思うから。真選組から…あのゴリラから無理やり土方を奪いになんて行けない。
そして、俺は本当に本当に土方が好きで。もう、本気中の本気で、絶対手に入れたくて。
告白して彼に拒否されたら、と思うと。…今まで全然考えたことなかったけど…。その恐怖は俺自身ですら計り知れない。
それでも、土方が好きだから、諦めることなんてできない。
…だから。だから……苦しい。
どこにも出口のない想いは、俺を苦しめるだけで。
どうすればいいのかわからない。
ポツ…
鼻先に冷たい感触。
そう感じた途端、ポツポツ…と
雨が降り始めた。
(…ついてねぇ…)
朝から雲行きも怪しかったし、最近ずっと雨降ってたし。
しょうがねぇかもしれないが、こういうのを“タイミング悪い”って言うんだよな。
(……雨なんて……)
雨特有の生臭いニオイ。…うぜぇ。
生温かい雨で濡れて髪の毛が顔に纏わりつく。…うぜぇ。
生温かい雨で濡れて着流しが体に纏わりつく。…うぜぇ。
ざぁざぁざぁっていう雨の音。…五月蝿い。
俺の中で、昔雨の降る中戦った記憶が色濃いんだと思う。
そのせいで、雨のニオイは、俺に“血のニオイ”を思い出させるし。
雨に濡れて纏わりつく髪の毛や着流しは、俺に“返り血”で濡れた感覚を思い出させるし。
雨の音は、俺にあの頃の喧しい“戦争の音”を思い出させる。
気持ち悪い
気持ち悪い
気持ち悪い………
俺は雨に打たれたまま、自分の両手をじっと見つめた。
この手には、結局何も残らないのか?
特に 一番大切なものは 何も………
昔も、そして今も。
自分の無力は、なにひとつ変わってやしない。
土方のいるところに、俺の手は届かない?
一番欲しいのに、一番傍にいたいのに、そこまで届かない?
……だったらこの腕は、何のためについてるんだろう……。
俺は、河原に突っ立って。そんなことをぐるぐる考えていた。