僕が、銀さんの様子がおかしいと気付いたのはつい最近だ。
どうしたんだろう。
やる気がないのはいつものことだけど、どことなく元気もないような気がする。
その話を神楽ちゃんに話したら、女の子がやるとは到底考えられないような含み笑いをされた。
…恐ろしい。
「銀ちゃん、今、恋煩い中ネ。見守るヨロシ」
「あ、そうなんだ。恋煩いならしょうがないよね。恋煩い………、って、ええぇぇぇぇえええっっ!!??」
な、何それ!!初耳なんだけどっ!?マジですかっっ!?
「相手、誰!?」
「知りたいアルか?酢昆布1年分よこしな」
「……いや、酢昆布1年分って、神楽ちゃんの一日の摂取量わかんないし。第一、そんなお金どこにあるの……」
「ケチ。ダメガネ」
「ねぇ、眼鏡関係ないよね?つーか、眼鏡バカにすんな!いつか目が悪くなったときに助けてもらえないぞ!」
「眼鏡かけて新八とキャラかぶるくらいなら、失明を選ぶアル」
「何でそんなに僕を嫌うかなっ!?」
相変わらず、人の心を深く深く抉る神楽ちゃん。キツイ。かなりキツイ。
「しょうがないからヒントやるヨ。黒髪・ショートで、色白の綺麗な人アル。よく町中歩いてるヨ」
「え?その人、僕も知ってる人?」
頷く神楽ちゃん。えー?誰だろ?でも、銀さんの知り合いはほとんど男の人ばっかりだった気が…。
うんうん唸りながら頭をひねる僕に、神楽ちゃんが更に言う。
「銀ちゃんとよく喧嘩してるネ」
「喧嘩?仲悪いの?え、銀さんの好きな人の話だよね?」
「喧嘩がコミュニケーションネ」
……ますますわからない。
「……しょうがないダメガネアル。すぺしゃるひんとあげるヨ。耳の穴かっぽじってよく聞くヨロシ」
馬鹿にされているような感じがするのは気のせいだろうか……いや、気のせいではない……。(くっそー…)
神楽ちゃんはそのくりくりの目をキラキラさせながら言った。
「瞳孔開いてて、煙草吸ってる人ネ。」
……。
僕の頭の中に、ひとり浮かぶ。
け、けど…。
あの人は………。
「そ、その人はさ…黒い服着てる?」
「大抵真っ黒ネ」
「ま、前、うちに来た?」
「うん!料理すっごくうまかったネ!マミーみたいヨ!」
「あぁ……。僕が食べられなかった…」
あれは残念だった…。何もかも丁寧に綺麗に片付けられた台所を見て、うまかったを連呼する神楽ちゃんを見て、本当に本当に悲しかった。
って、今はそれどころじゃないんだって!
だって、だって……!
「……あの人、お・男だったような……」
そう。
今までの情報から、僕の頭の中で(ほぼ100%当たりであろう)確定された人物とは。
真選組副長の土方さんだった。
はじめこそびっくりしたけど、目に見えて落ち込んでる銀さんが気の毒になってきた。……いや、だんだんうっとおしくなってきた。
いちいち溜め息ついたり、
話し掛けても聞いてなかったり、
ぼーっとして何考えてるのかわからなかったり、
とにかくいつもよりひどい。
うざい。ほんと、うざい。
それは神楽ちゃんも同じだったようで、2人で銀さんに言ったんだ。
『そんなに気になるなら会いに行け』と。
銀さんはものすごい驚いた顔をして、わたわたしてた。「なんで知ってんの!?なんで知ってんのぉぉぉおおおっっ!!?」と大騒ぎ。
……あんたの態度がわかりやすいんだと思うんですが……。
その後銀さんは、誰も聞いてないのにいきなり土方さんの魅力について語りだした。最初は神楽ちゃんも交じって話してたけど、銀さんの病的な程の土方さんへの想いに、僕達はついていけなくなった。とりあえずその日は、神楽ちゃんが銀さんを殴って強制的に眠らせて終わった。
で、それから少し経った今日。
やっぱりぼんやりしながらジャ●プを開いてる銀さん。ちゃんと読む気がないなら買わないで欲しいんだけど。毎週230円ずつ減っていくのって家計的に結構痛いし。
その日は成り行きで、強引に銀さんを外へ放り出した。『謝るまで帰ってくるな』ってね。
ここまでお膳立てしてやれば、さすがになんか行動してくるだろう。普段ドSのクセに、いざとなるとヘタレなんだから。ほんと手がかかる。
今夜からはいつもどおりの銀さんに戻るだろう。土方さんはなんだかんだで優しい人みたいだし。(じゃなきゃ、近藤さんとか沖田さんとかの面倒みないと思うし)
だから僕と神楽ちゃんは心配もせず、待ってたんだ。
けれど。
帰ってきた銀さんは今までよりひどかった。
顔なんて真っ青で、目なんてうつろで。何も言わず、帰ってきてすぐ寝室に閉じこもってしまった。
僕と神楽ちゃんは顔を見合わせる。土方さんに許してもらえなかったんだろうか?もう会いたくない、とでも言われたんだろうか?
推測でしかないけど、銀さんがそこまで落ち込む理由はそれしか考えられない。
そう神楽ちゃんに話すと、彼女はぶんぶん首を横に振った。
「トシちゃんは銀ちゃんを『酔っ払いだからしょうがない』って言ったヨ。私、トシちゃんはそんなに怒ってないと思うネ」
「けど…。じゃあ、なんで銀さんはあんな風に?今までで一番ひどいよ」
「…わからないヨ」
僕達は困惑しながら、ただただ寝室の襖を見つめているしかなかった。
これから、どうなっちゃうんだろう。
僕は銀さんの味方だけど、土方さんの気持ちもあるだろうし。無理矢理くっつけようとは思わないけどさ。
だけど、だけど。
銀さんには傷ついてほしくないな、と。
そんなことを思う。
「…あ、雨降りそうだね」
窓から2人で暗い空を見上げながら。
銀さんが元気になりますように、と。
ひっそり祈ってみた。
END