よく晴れた日の午後。
「銀ちゃん、私、トシちゃんの手料理食べたいアル」
いつも通り依頼もなくてぼんやりジャンプを読み漁りつついちご牛乳を飲んでいた俺は、神楽のその台詞に口に含んでいたピンクのものを盛大に噴き出した。
すかさず新八が叫ぶ。
「ぎゃあ!!何やってるんですか!!せっかく掃除したのに!!」
「ダメガネがうるせぇ!っていうか、これ俺のせいじゃないよね?神楽のせいじゃね?神楽が掃除すべきじゃね?」
「なんで私が他人の噴いたものを片付けないといけないアルか…。そんな趣味ないネ。そんなプレイごめんアル」
「……プレイって…。ここ、一応ぎりぎり18禁は目指してないサイトなんですけど…」
「甘いぞ、新八〜。そう見せかけて急に始まっちゃうのが18禁だ。俺も見ていたビデオがいきなりそういうシーンになっちゃったときは焦ったかんね。え、そこで始まるの?無理やりじゃね?みたいな……」
「あんたの見てるビデオはおもっくそ18禁じゃーーーーーっっ!!!!ソファの下から大量に出てきたわ!!お願いですからこういうのは自分の寝室に持っていってくださいよ。思春期のいたいけな未成年が2人もいるんですよ?」
「だって、テレビあんのここだけじゃん。ここでしか見れないのになんで俺の寝室に置かなきゃいけないんだよ?」
「…あんたって人は…」
そんな会話をしていたら、神楽の冷静な声がする。
「銀ちゃん、話逸らさないでほしいアル」
…ちっ。わかってたか…。
「私思うに、銀ちゃんがちゃんと謝らないからトシちゃんが来てくれないアルよ」
「…例の抱きつき事件?銀さんもいくら土方さんのことが好きだからって、いきなりそれはないですよね。ほんとひきます」
「…」
何故か、こいつらには普通に『俺が土方をそういう意味で好き』ということは知られていて、しかも当たり前のように受け入れられていた…。
いや、有り難いことだとは思うよ?普通男が男を好きになるなんて嫌悪の対象になるじゃん。
……でも、知られちまったのはちょっとショックだった。そんなに俺ってわかりやすいんだろうか?
「僕も、土方さんの料理食べてみたいです。僕が来たときは何も残ってなかったし…。残しておいてくれたっていいじゃないですか。ほんと思いやりがないんだから…」
「前日の花見で浮かれて酒飲んで、二日酔いで倒れてた新八の自業自得ネ。うまかったアルよ、トシちゃんの手料理。ダメガネのしょっぱい料理とは大違いネ」
「……神楽ちゃん……その台詞、まともに料理作れるようになってから言えよ、コラ」
「とにかく、あの花見からどれだけ日にち経ったと思ってるアルか?ぐだぐだ後悔してないで、さっさと謝ってくるヨロシ!またご飯食べたいって言ってこんかいっ!!」
「ちゃんと土方さんに謝ってくるまで、この家の敷居は跨がせませんからね」
「は?……ねぇ、ここって、俺んち……」
俺の訴えを軽く無視して、2人は俺を玄関先まで押していった。
「「いってらっしゃい」」
とびっきりの笑顔で見送られ、
ぴしゃ!
無常にも俺の鼻先で閉まる玄関の引き戸。
……2人なりに元気のない俺を気遣ってくれたんだろうか。
いや、違う…。あいつら、ただ単に土方の手料理が食いたいだけに違いない。
くそー、他人事だと思って!
それでも、背中を押してもらったことで俺は漸く土方に会う決心をした。
あんな暴走をしてしまったためにものすごく気まずくて、顔が見たいといつもいつも思ってたんだけど動けなくて。
でも、確かに限界。土方不足で、普段なら毎週楽しみなはずジャ○プすら買い忘れる始末。
意を決して、俺は土方を探しに町へ繰り出した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
意外にも。
目標はあっさりと発見できた。
しかも、ラッキーなことに一人だ。
なんか運命的なものを感じた。すごくね?ほんとすごくね?
やっぱり俺と土方ってなんかで結ばれてるのかなぁ…。な〜んて。
でも、やっぱり目の前の本物に、俺の心臓はうるさいくらいにどっくんどっくん鳴り始める。
えっと、…まずなんて言おう?
花見の翌日のこと、覚えてるかな…。怒ってるかな…。
俺としては「嫁に来い」って言葉だって、抱きしめたのだって、本気と書いてマジな話だったんだ。
当然酔っ払ってなんかいなかったし…。…そりゃ、テンションあがりすぎてて、理性があっちに飛んでいってたけど。
久しぶりに見た本物の土方は、やっぱり綺麗だった。
あ、“本物”っていうのは、俺の夢の中では毎日のように会ってるから。…ちょっと人には言えないような夢だけどな。
でも、やっぱり本物には敵わない。
さらさらの艶やかな黒髪、瞳孔開き気味の色素の薄い瞳、それを縁取る長い睫毛、色白の素肌に、煙草の銜えられた薄桃色の唇。
黒の隊服をしっかり着込んだ土方は、俺の目に本当に美しく映った。
あ!土方が歩き出そうとしてる!!
俺は慌てて土方に声をかけた。頭の中は真っ白な状態だったけど、ここで声をかけないと絶対後悔する!!
せ、せめて、…さ、さりげなく。さりげなく……。
「お、多串く〜ん!き、奇遇だね…」
「…万事屋?」
きょとん、とした顔をして、土方は俺を見つめてくる。うわ〜、ほんとに久々。…相変わらずかわいい。
会って早々怒鳴られるかと思ったんだけど、そうでもなかった。あれ?花見後の一件、ひょっとして忘れてるんだろうか?
「なぁ、どっか悪いのか?」
「いやっ?別にー…」
え、何?俺、どっか変に見える!?
焦って返事して、声が裏返った。
……あー…、俺ってかっこ悪い……。
なんか用か?仕事中なんだが、と言われて、あ〜、う〜〜ん、と俺は考え込む。
まずは、まずは謝罪だよな?
例え忘れてたとしても、これで思い出させることになっても、やっぱり謝っておいたほうがいいだろう。
…でも、本当にきれいさっぱり忘れてるんだったら結構悲しいかも…。俺としては本気の思いだったからさ。土方に怒鳴られたくはないけど、忘れてもほしくない…ちょっと複雑な心境だわ…。
「あ、あの…。花見の翌日の…、お、覚えてる?」
「あ?あぁ、まぁな」
あ、覚えてたんだ…。
思い出したのか、土方の顔がほんのちょっとだけ赤くなった。
かわいい!と思う反面、俺は慌てて土方に謝罪する。
「い、いやさぁ、銀さんちょっとまだ酒が残ってたみたいで…。…その…、…悪かったな……」
「……あ。…き…気にしてねぇし…」
俯いてぼそぼそ話すと、土方はそう言ってくれた。
「ほんと?…よかった……」
すっごいほっとして、俺は笑った。
土方、お前って優しいのな。俺がお前の立場だったら「キモイ」って一蹴して終わりだったよ。
あ、ひょっとして…土方も俺に気があったりして…。……それはないか。調子乗りすぎ?