……。
黒い綺麗な子が落ちてる。
気付けば俺は。闇の世界にいた。
「…あれ。ここどこ?」
暗くて何も見えない。輝く明日も見えない。
俺の精神世界かなんかですか?過去も現在も未来もお先真っ暗ってかっ?
あー、なんか……目から熱い水がわきだしてきたんですけど……。
俺はひどく悲しくなって、みじろぐ。
次の瞬間、がんっ!と派手な音を立てて頭に激痛が走った。
「いっ…いったーっ!ちょ、まじ……いったーっ!!もーやだっ!ホント泣くぞ!?」
なんだよ、なにこれ?
狭いぞ?窮屈だぞ?押しこめられてる?今流行の拉致中とかっ!?
ぎゃあぎゃあ騒いでたら、ふと下半身に風があたることに気付く。……ん?
なんてことはない。
自動販売機の、ほらジュース出てくる口あんでしょ?あそこのなかに頭突っ込んでただけだった。
理解した俺は漸くそこから抜け出した。
くそ……、俺のナイーブなハートがかわいそうだ!さっきまでの俺の焦りを返せやっ、こらぁああっ!
……にしても?何で俺はあんなところに頭を突っ込んで……。
駄目だ、…頭ガンガンしてあんま考えられねぇ……。
よろめきながらも俺は立ち上がり、自分の家に帰ろうと足を進めた。…すると。
「う…ん…」
俺以外の人間の呻き声が聞こえた。
驚いて声のするほうを向くと、さっき俺が頭を突っ込んでた自動販売機の上に、見たことのある男が突っ伏していた。
黒髪の黒い着流し姿。
真選組副長の土方十四郎。
俺の…想い人だった。
普段鋭い双眸が閉じるとこんなに幼くなるのか。
しこたま酒を飲んだせいでいつもの白い素肌がほんのりピンク色に染まってる。
月明かりに照らされて、彼の姿は本当に美しかった。
零れる寝息は……やたら色っぽい──…。
じゃなくて!
俺は土方に見惚れていた自分を必死で現実世界へ呼び戻した。
真選組の奴ら、土方を置いていったのか?
それって結構ひどくね?
(実のところ、みな前後不覚になるまで酔い潰れていたため、気付かなかったのだ)
こんな綺麗な子、ひとりで放っておいたらどっかの馬鹿に食われるかもしれないじゃんっ!
俺は土方を販売機の上からそっと降ろした。
その身体の細さにびっくりする。体格はあまり変わらないのに、腰とかほんと細い。体重もこの分じゃ俺より軽いんじゃ…あ、ちょっと軽いくらいか?余裕で担げるな。
俺は土方の片手を自身の肩に回し、加えて土方の腰をしっかり支える。…ほんとはお姫さまだっこでもしたかったけど、銀さんも酒のせいで本調子じゃないしぃ〜。残念だけど。
あー、どーしよっかなー。
多串君を平気で置いていった薄情な真選組なんかに送るのはなんか癪だし。
……お持ち帰り、しちゃおうか。
俺は自分の素敵な考えに拍手喝采した。そーだよ、お持ち帰りだ!
…あっ!別に「据え膳食わねば男の恥」とかやらしーことなんて考えてないぞっ!?ただこれを恩に着せて少し多串君とお近付きになりたいなぁ、みたいな?
そんなわけでちょっとした下心とともに、俺はよろける足を叱咤しながら土方を引き摺って家路についたのだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
自宅に帰りついた俺は土方を俺の寝室の畳に降ろした。
土方はさっぱり目を覚まさない。
道中マジきつかったー…いろんな意味で。「ふ…ん」とか「ぅん…」とか、めっさかわいかったし!……ほんと俺重症。末期の恋の病。
ため息をひとつ零して、俺は台所に向かう。水を一杯飲んでから、漸く人心地つく。
マジどきどきする。あんなかわいくて綺麗なんて反則じゃねぇの?俺、偉くね?送り狼にならないなんて、偉くね?何度いかがわしい休憩所に足が向かいそうになったことか…。
あぁ、おかしいなぁ…。こんな銀さんがっつく人だったっけ?これじゃ彼女に引かれるよ。つーかまだ土方彼女じゃないし。あれ?土方男だから彼氏か?
……告白もしてねーのに、何言ってんだろう……。俺はあまりの虚しさに流し台でうなだれた。
なんか疲れてもうそろそろ布団で寝よう、と部屋に戻る。
土方はまだ畳の上で寝ていた。寒いのか身を縮こませてる。そりゃそうだ、春とはいえ夜は寒い。俺は押し入れから布団を出す。布団を……。
あ。
一組しかねぇ……。
えっと…。
どうしよう……?
……一緒に、寝ちゃう?
結局、俺は応接室のソファで寝ることにして、土方を俺の部屋に寝かせることにした。
土方を姫抱きにして煎餅布団にゆっくり寝かせると、シーツの冷たさからか少しだけぴくってなった。
……うわっ、かわいっ。
さらに土方の身体に掛け布団を掛けてやる。…気持ちよさそうに寝てるわ。
色白の肌に映える黒髪。
つんとした鼻筋に、薄桃色の唇。
完璧な顔立ちだと思う。きっとずっと見ていても飽きがくることはないだろう。
離れがたかったけどいい加減俺も眠くて、土方からそっと離れる。
不意に。土方の髪の毛に触れたいと思った。漆黒の、俺と違ってストレートなその髪に。
起こさないようにそっと髪の毛に触れる。…うわ、さらさら…。手からするする零れ落ちる、黒く細い髪の毛。触り心地のよさにうっとりとした。
すると。
土方の目がうっすら開く。
やべっ!起こした!?
咄嗟に俺は土方の髪の毛に触っていた手を引っ込めた。
しかし、土方は何も言わない。寝呆けてるのか…?おそるおそる顔を覗き込む。
息を呑んだ。
ぼんやりと焦点のあわない土方の瞳は、目を開けたばかりだからだろう、しっとりと濡れていて。
月明かりの相乗効果もあるのか、色白の肌は本当に美しく見えた。
対照的に半開きの唇から赤い舌が覗く……エロかった。
「ひ、じかた…?」
ごくっ…。思わず唾を飲み込み、静かに声をかけてみる。喉に声が張りついて変な声が出たが、構ってる余裕はなかった。
土方はぼんやりと俺の方を見て、ゆっくり言葉を紡いだ。俺はまるで魔法にでもかかったように土方の顔を凝視する。
「……ぎ、ん……」
そう呟いて。
土方は見たこともない嬉しそうな顔で微笑んだ。
俺は、しばらく硬直していたらしい………。
土方の規則正しい寝息が聞こえてきて、はっと我に返った。
なんだったんだろう。
……今の?え、夢?
夢だったのかな?
だって、あいつがさ。
俺の方向いて。
「ぎん」って呼んで。
ものっそい嬉しそうに微笑んで。
ありえなくね?
ありえなくね??
反則じゃね???
その後、俺はどうやって応接室のソファに向かったのかわからない。
いつの間にか寝てた。
誰か俺を誉めてよ?あそこで理性キレなかったのは奇跡に近くね?すごくね?
……いや、実際驚きすぎてもう腰砕け状態だったんだけど。襲うとか襲わないとか、もうそんな次元の問題でもなくてさ。真っ白になっちゃったのが本音なんだけどね…?
だってあんまり土方が愛しくて。そんな不埒な考えもスッコーンってどっかに飛んでっちゃったよ。
……俺、自分が思ってるよりずっと土方のこと好きみてぇ……。
そして翌日も俺は驚愕することになるんだが。
それは後日。
続