締め切りというものは何故ああも人の精神力を削っていくのだろうか。
怒涛の締め切りラッシュを終えた私はいつものごとく丸一日眠り続けそれでも取れない疲れに年齢を感じながらはぁ、と大きなため息をついた。
「そうだ、買い物に行こう」
ストレス発散の方法が毎回同じ様なことなのはこの際スルーして思い切り散財しようじゃないか。
マッサージに行った
ついでにエステも行った
新しいアロマ加湿器を買った
エステのお姉さんにお勧めされたアロマオイルも買った。
新しい座椅子も抱き枕もバスソルトも買った。
これでリラックス環境は整った。
ならば
「後は本だけだ」
何を買おうかな。大好きな作家さんの最新作も欲しいし新しい作家を発掘するのもいい。
漫画、文学、実用書、ああ、資料をかき集めるのもいいな…
「名字?」
今まで買ったものの郵送手続きを終えうきうきと本日の本題とも言えるこれからの買い物に思いを馳せていた私は不意に呼ばれた自分の声に「はい?」と間抜けな声をあげながら顔を上げた。
「何にやにやしてんだよ、街中で」
「え、嘘、にやにやしてた?」
声の主はいつも通り福田君。彼との遭遇率は異様なまでに高い。
「にやけてたっつーかあくどい顔してたぜ?」
「えええ…マジか…」
買い物のこと考えてあくどい顔って…ああでもなんとなく想像出来るのが悔しい。
「福田君も買い物?」
「おう。新しく出来た…」
「駅前の本屋?あの大きいやつ」
「お前もか?」
「うん」
それからはまあ自然な流れで一緒に連れ立ち目的地へ。
これも大体いつもの流れだ。
「郵送サービスあると思う?」
「どんだけ買う気だよ」
「ふふふ…金が尽きるまで…」
ドン引きされたけど気にしたら終わりだと思う。
彼も連載作家になったらこの締め切り明けのテンションを理解してくれるようになるだろう。それはそう遠くない未来だと思う。
「福田君何買うの?」
「決めてねーけど、とりあえずデカいとこ出来たから行ってみるかってな」
「やっぱり新しいとこ出来たら気になるよね」
本屋についたら別行動。迷わず買い物カゴを手に取りまっすぐ文芸書のコーナーへ。
「(あ、この先生も新作出してる。ああああこの本インターネットでもなかなか買えないのに!あ、こっちも!)」
欲しい本を端からカゴに入れていく。
…カゴ一個でたりるかな。
「名字!」
「何ー?」
「ちょっとこっち来てみろよ」
ライトノベルの棚からひょこっと顔を出し、にやにやと笑っている福田君に首を傾げながら福田君のもとへ向かう。
「わ、」
そこには、高月凌フェア!と書かれたポップと、並べられた私の作品達。
「え、え、え、えええ?」
「すげーな、こんな出してんのか」
「うわ、これデビュー作…こっちはもうなかなか売ってないの…わ、ポップかわいい!」
どうしよう、凄く、凄く嬉しい。
「あの、」
感動する私に背後から掛けられた声。
「もしかして、高月先生ですか?」
もじもじとしながら告げられた言葉に「は、はい」なんて間抜けな返事をしてしまった。
髪を耳の下で一つにまとめ、メガネをかけた女の人。エプロンから、店員さんだってわかった。
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つづきます