正直姫川先輩にいい印象は全くない。
絡まれたし、ヒルダさんと古市君人質にして男鹿君を倒そうとしたと聞いたし、なんというか…私の苦手なタイプの人なのだ。
だから神崎先輩が姫川先輩と同じ病室に入院したと知ってからヨーグリッチを届けに行ったあの日以降一回もお見舞いに行っていない。だって会いたくない。
だから今回また神崎先輩からヨーグリッチ持って来いという用件だけのメールが来たときは数時間悩んだ。
それからやっぱり行かなきゃいけないという考えに至ったのだけど僅かな希望を掛けて神崎先輩に「姫川先輩がいるならやです」と送ったら返信が来ない。
神崎先輩なんかはげちゃえばいい。
次に泣きついた夏目先輩は本日バイト、城山先輩は下の弟さんが熱を出したからと言ってお休み。
他に頼れるのは男鹿君と古市君だけだけどあの二人を連れて行ったら恐ろしい事になるのは目に見えているので却下。
…つ、詰んだ。
結局一人で行くという選択肢しか存在しないのだ。
それでも前回みたいに不在の可能性もある、という一縷の希望に縋ってノックをしてから恐る恐る病室を覗く、と。
「あー?」
「う、うえ、か、神崎先ば…ええ…」
不在なのはまさかの神崎先輩の方という、私が想定した中で一番酷い展開に熱もないのに半泣きになる。
「また来たのか」
「ひ、姫川先輩まだ生きてたの…」
やってしまった。
あぁ!?今なんつったゴラァ!と叫ぶ姫川先輩にとっさに病室のドアを閉める。
どうしてか姫川先輩には悪態を吐きたくなってしまうんだ。
「あ?何してんだ」
ドアの前であわあわしている私に訝しげな声を挙げるのは神崎先輩。
「な、なんで自分で呼び出したくせに病室にいないんですか…!」
「便所行ってたんだよ便所」
「あ、あう…」
流石にトイレにも行くなとは言えないけどでもだけどうう…
「こ、これ、ヨーグリッチと桃、です。じゃ」
「まぁ待てや」
踵を返し走りだそうとする私は背後から肩をガシッと掴まれそれを阻止された。
「ちょっと来い」
そのまま足で病室のドアを開け(行儀悪い)歩き出す神崎先輩。
「うわわわわ何するんですかはなしてくださ…!」
肩を捕まれていた手は取れたが変わりに首に回され解放されることはない。
結局私が解放されたのは神崎先輩のベッドの前に連行されてからだった。
「な、何なんですか!」
「桃剥け」
「…自分で剥けばいいじゃ…う、うう…わかりましたよ」
私の反論は一睨みではねのけられ大人しく桃と包丁を手に取る。桃は手がべたべたになるからあまり切りたくないのに…。
っていうか
「(ひ、姫川先輩の視線が怖い…!)」
チラリと視線をあげれば神崎先輩は我関せずにヨーグリッチを啜ってる。
本当はげちゃえばいい。
本日二回目の呪いの言葉を胸の中で呟く。
「き、切りましたけど」
紙のお皿に切り分けた桃を乗せおずおずと神崎先輩に差し出す。怖くはない。怖くはないけど睨まれるのは、怖い。
「…姫川先輩もよかったら」
「「あ゛ぁ?」」
「な、なんで凄むんですか…!」
だ、だってこの桃私が持ってきたやつだしさっきのお詫び、で、
「せっかく人が…もういいです」
「何拗ねてんだ」
「拗ねてないですはげちゃえリーゼント」
「んだとこのクソアマ!」
「う、うう…大体なんで病院でまでリーゼント?なんでサングラス?馬鹿ですかもう!」
うう…やっぱり来なければよかった…
姫川先輩の顔が怖いので帰ります!と言い捨て病院を後にする。なんでわざわざ喧嘩売るかなぁ、と翌日夏目先輩に言われたけど全部姫川先輩が悪いんだとおもいましたまる!
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神崎空気