そう、と頷いた宮地さんにチクリと胸が痛んだ。
違う、宮地さんが嫌なんじゃない、それは本当で、でも、


「なんでだよ」


息子さんの問いかけに、思わず俯いてしまう。
言わなきゃ誤解される。だけどこれは言っていいのかわからない。


「…宮地さんは、優しくて、」


ふんわりとした笑顔がとても素敵な人で。


「あたたかいから、」


だから、


「父なんかよりもっといい人がいるはず」

「…それが、理由?」

「それに、私もいるし…」


あの人なんかの奥さんにならなくていい
私なんかの母親にならなくていいんだ。

そんな、重たいものを背負わないでほしい。


「…ごめんね、あなたのお父さんから千波のことやお母さんのこと聞いてるの」

「え?」

「もちろんあなたのお父さんがあなたにしたこと、してきたこともね。それ聞いて私俊之さんのことガツンと殴っちゃったのよ」

「え…」

「は?」


私だけでなく息子さんも声をあげたことから宮地さんは普段人を殴ったりしない人なのだろう。
私だって想像できない。こんなほわほわした人が父みたいに図体だけはデカい人間を殴るなんて。


「その後なのよ?お付き合いだしたの」

「なんで…」

「しょうがない人ねぇ、って思っちゃったの。
俊之さんからプロポーズされて凄く悩んだわ。清志は何度か俊之さんに会ってるからわりとすんなり受け入れてくれたけど千波ちゃんには会ったことないし…何より私なんかが千波ちゃんのお母さんになっていいのかしらって」


私のこと、実母のこと、父のこと
それを知ってなんで父を好きになったのかはわからない
けれど、宮地さんが嘘をついているようにはとうてい見えなかった。


「それでね、思ったの。
大丈夫、籍なんて簡単に抜けるわって」

「え、…え?」

「一度こっそり千波ちゃんを見に行ってね、…覚えてないかしら…1ヶ月前くらいなんだけど」


宮地さんの問題発言に思考停止した脳をなんとか稼働させて1ヶ月前?と記憶を呼び戻す。
ふんわりとした笑顔、柔らかい空気、蜂蜜色の髪の毛…


「あ」

「思い出した?」

「風船の…」



1ヶ月程前、下校途中になんとなく立ち寄った公園。
女の子が風船を木にひっかけてしまい泣いていて、私はそれをとってあげた。
そのあと話しかけてきた人が、宮地さん。


「あの時迷いもなく木に登っていったじゃない?それに凄いって思ったの。
それで、その後女の子がお母さんに駆け寄って行って仲良く帰るのをみてる千波ちゃんを見てぎゅーーってしたくなったのよ。で、つい話しかけちゃって」



―ごめんなさい、このお店ってわかるかしら?

「え?あ…この店なら…」




「俊之さんのお嫁さんになりたいっていうよりこの子のお母さんになりたいって思っちゃったの。
もちろん俊之さんは好きだわ。それと同じくらいあの人が駄目人間だということも知ってる。
千波ちゃんの言うとおりもっといい人もいるかもしれないし後悔する日もかもしれない。けど嫌だったら籍なんかぬいちゃえばいいのよ。今更バツの一つや二つ気にしないわ。色々思うことはあるけど、それくらい気軽でいいんじゃないかって思ってるの。俊之さんもそれは知ってるわ」


だから大丈夫。私のことなんか気にしなくていいのよ。
そういって笑う宮地さんに、私だけでなく息子さんまでポカンとしていて。

帰ってきた父がそれに首を傾げる。

なんか、この人なら大丈夫かもしれない。


「どうかしら、千波ちゃん」

「…よろしく、お願いします」


それが私の答えだった。




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