学校帰り
重たいランドセルを背負いながら歩く事十数分。
やっとついた自宅マンションの階段を上り玄関のドアを開けると自分のとは違う一足の靴がそこにあった。
正確な時間はわからないけどまだ4時にもなってないであろう時刻のはず。
なのに、何故。
「―帰ったか」
リビングから顔を出し、玄関に佇む私に声をかけるその人に、少しだけ戸惑いながらこくんと頷く。
そんな私の反応に気まずげな顔をするその人は、私の父にあたる人だった。
「大切な話があるんだ」
父親がそうきり出す。
大切な話…心当たりは沢山ある。
どれも悪い話だけど。
私は靴を脱いでランドセルを下ろすとそれをリビングの正面にある自分の部屋に放り投げてからリビングに置かれたテーブルの前に座る父の正面に座った。
「…実は、会って欲しい人がいるんだ」
父の目は真剣で、それでいてその中に申し訳なさそうな感情が潜んでいた。
「仕事の関係で知り合った人で、とても可愛らしくていい人なんだ。
…その人と、再婚したいと思っている」
父の言葉に思ったことといえば「やっぱり」の一言だけ。
父に恋人がいるのは知っていた。
母とはとっくの昔に離婚しているし特に問題はないから好きにすればいいと思うし敢えて言うなら相手の女性を可哀想と思うくらいだ。ただ、問題はここからだろう。
「…それで、」
私はゆっくりと口を開く。
父の前で話すのが随分久しぶりのことに感じられた。
「私はどうすればいい?」
父は私の言いたいことがわからないのか怪訝そうな顔をした。
なんでそんな顔をするのか、ただ不思議だった。
「再婚するなら私は邪魔でしょ?」
「―――!」
傷付いたような顔をする父に何か間違えてしまったのかと自分の発言を振り返るけどおかしなことは言っていない、はず。
まだ母と離婚する前から父はあまり家にいなかったし自分を疎んでいた。それでも私が父に引き取られたのは母に問題があったからで、2人で暮らすようになってからも殆ど会話はなかったし顔を合わせることも少なかった。
だから、父が再婚するとなったら私は施設かどっかにいくことになるんだろうと思っていたのだけども。
「お前も、一緒に住むんだ」
「?わかった」
まあ、経済的には豊かな身ながら子供を施設に入れたなんてなれば世間体も悪いだろう。
そう思い素直に頷けば、父はホッと息をついた。
「相手の女性も再婚でお前の2つ上の息子さんがいるらしい。
それでだな、急に悪いんだが今晩2つと会うことになっているから用意をしなさい」
父の言葉に頷いて自室に戻る。
2つ上の息子さん。
父が再婚すれば兄になるのだろうか。
…ちょっとだけ、嫌だな。
私にはコミュニケーション能力というものが欠如してるから。
▽
父が用意してあった少しサイズの大きいワンピースを着て連れてこられたのは小さいけれど綺麗なレストラン。子供ながらに高い店だというのは容易に想像できた。
「俊之さん、」
父を呼ぶ声に顔を上げれば蜂蜜色の綺麗な髪をした女性が父に向かって手を振っているのが見えた。
その隣にいる同じ髪色の少年が息子さんだろうか。
4人揃ったところで取りあえず、と店の中に入りそれぞれ好きなものを頼んでからさて、と父が話を切り出した。
「こちらが宮地ゆうなさんと息子の清志君だ」
「宮地ゆうなといいます。よろしくね」
「…宮地清志」
宮地さんはふんわりとした笑顔が綺麗な可愛らしい人で、一目見ていい人だとわかった。
息子さんも少しぶっきらぼうだけど顔つきは宮地さんにそっくりでこちらも、多分いい人だろうと思う。
「そしてこっちが娘の…」
「千波です」
名前を名乗って頭を下げる。
ふわりと微笑む宮地さんに気恥ずかしくなって俯きながらやっぱり素敵な人なんだろうと感じた。
一言二言話していると料理が運ばれてきて話は中断。
ベーコンとブロッコリーのオイルパスタは美味しくて、今度作ってみようかな、ああでもやっぱりこうはならないかな、なんて一人考える。
それから食事をとりながら一時間ほど話をして、父に電話が掛かってきて席をたったタイミングで宮地さんが口を開いた。
「正直に話してほしいの」
柔らかい笑みを浮かべながらの言葉だったけども真剣なのがわかり、居住まいを正す。
「私とお父さんが結婚するの、いやかしら?」
宮地さんの言葉に、改めて考えてみる。
宮地さんとあの人が結婚する。
それはつまり宮地さんがお母さんになって、息子さんが私のお兄ちゃんになるということ。
宮地さんはいい人で、息子さんもそれは一緒だった。
この人達と家族になる―――
「…正直に、言っていいなら」
「うん」
「2人と家族になるのは、凄く嬉しいと思うけど、」
けど、それだけじゃ駄目なんだ。多分。
「再婚は、あまりしてほしくないです」
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