近所の散策も兼ねてきよくんとスーパーへ食材の買い出しに来た。

調味料やなんかは家にあったのをお互い持ってきたから大丈夫だし、お米もある。
だから買うのは野菜や肉類が主だ。


「うわ、本当に近い…」

「徒歩五分もかかんねえじゃねーか」


家を出て右に曲がるとコンビニがあって、その先に帝光中。めちゃくちゃ近い。
そして更にまっすぐ進めば安くて新鮮、と有名なスーパー。
家を出て左に曲がれば商店街や駅があるというけど取りあえずはスーパーで十分だろう。


「夕飯何にする？」

「簡単な物でいいだろ」

「簡単…チャーハンとかオムライスとか？」


後は肉じゃが、カレー、シチュー…


「あ、お肉安い…生姜はあったはずだから…生姜焼きにしない？」

「いいけど、作れんの？」

「うん、簡単だし」


あとはお揚げがやすいからお味噌汁に入れて、野菜は…ツナのサラダでいっか。

きよくんが持ってくれているかごに食材を次々入れながら頭の中で計算し父が夕飯代として置いていった２千円に足りるように調整していく。


「きよくん明日部活？」

「オフ」

「じゃあお弁当とかはいらないね」


よし、これでいいかな。


「慣れてるな」

「あの人ほとんど家にいなかったから、小学校あがった頃から近所に住んでた叔母さんに料理教わりだして叔母さん達が引っ越しちゃってからは全部自分でやってたから」


きよくんがお金を払ってくれている間に持参したマイバックに中身を詰めて、二人並んでスーパーを出た。


「…お前さ」

「なに？」

「なんで俊之さんのこと呼ばないわけ」


きよくんの言葉に心臓がドクン、と大きな音を立てる。


「呼ばない、って？」

「お父さん、とかそういう名称で呼ばねーだろ。お前。それから俊之さんも」


母さんからなにも聞いてねぇけどお前らがおかしいってのはわかる。

そう言って、まっすぐ私を見るきよくんに自分の眉が下がるのがわかった。


「…うん、多分おかしいんだ、私達」


ぽつりと呟いて足下に転がっていた石ころをコツン、と蹴飛ばす。


「別にあの人のことを父親だと思ってないとか、嫌ってるとかじゃないんだけど」


ただ、どう説明すればいいのだろうか。
一から説明するのはまだ怖い。けれど誤解されるのも嫌で。


「恐いの」

「恐い？」


"お父さん"

多分他の人には理解してもらえないとは思うけど、その言葉を口にするのは私にとってすごくすごく恐いことで。

だから私は父の事をずっと呼べずにいる。
それこそ、心の中でさえ。


「向こうが私を呼ばないのは…なんでだろ。ずっと嫌われてるからだって思ってたけど最近なんかわかんない」


ここ最近、父と過ごす時間が多かった。
とはいえ他の一般家庭の人たちに比べるとずっと少ないんだろうけど、それでも月に一度顔を合わせれば良いくらいで言葉なんて殆ど交わさなかった私達親子が、会う頻度は変わらずとも一緒に買い物に行ったり辿々しいなりにポツポツと会話を交わしたり。

そんな、今までの人生で無かったことが続いていて。

それがとても不思議で、そしてとても恐かった。



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