幸村様は、とてもお優しい方だ。


「依殿!」

「旦那ぁ、依ちゃんは女中なんだから殿付けちゃだめだってば」

「そ、そうであったな…しかし弥助殿の身内とあっては…」

「色々言われるのは依ちゃんなんだからね?」


そんな二人の会話がまるで親子のそれに聞こえつい小さく笑ってしまう。
幸村様は私がじいさまの身内だからと殿をつけるだけでなくうっかりすれば敬語で話されることもしばしば。そのたびにこうして猿飛様に叱られてらっしゃている。


「あ、あと依ちゃんも猿飛"様"ってのやめてね、弥助じいの身内にそんな呼び方されてるってバレたら古株の忍達にさー、」

「いえ、猿飛様は猿飛様でございます。弥助の身内というのは関係ありませぬ故…こうしてシノのことだけでもお気遣いいただいている身で言うのも何なのですが…」

「シノ殿のことは気になさなるな。シノ殿が来てから城が明るくなった。幼子というのはその存在だけで周りを笑顔にさせる」

「だから旦那、殿は駄目だってば…。まあ、旦那の言う通りだよ。シノちゃんはわがままも言わないしいい子だから」


シノは本当に皆さんに可愛がっていただいている。
人見知りの気があるシノはなかなか部屋の外には出ないものの部屋に帰ると見知らぬ菓子で部屋がいっぱい、なんてこともあるくらいに。


「シノは城に来てから表情が豊かになりました。話す言葉も増えて…皆様に可愛がっていただいているのだと、本当に実感いたします」

「そうなのでござ…そ、そうなのか。確かに最近はよく笑うようになった気がするな」

「旦那いい加減慣れなよ、口調」


猿飛様が呆れたように笑う。


―沢山の人と触れ合う中で表情が増えた。
よく笑うようになり、はにかんだり、拗ねたような顔をしたり。それがとても、愛おしい。


「親が表情豊かだと子も表情が豊かになるといいます。
ですが私もじいさまも決して表情が豊かとは言えぬので、シノの表情が豊かになったのはこの城の皆様の表情が豊かだからなのでしょう。
ここは、とても温かいところですね」


そんな私の言葉に幸村様は恥ずかし気に、けれど誇らしげに、そうであろう、と笑った。







「甲斐に、でございますか?」

ある早朝のこと。突然告げられた猿飛様の言葉にきょとんとする。


「そう。大将がどうしても依ちゃんとシノちゃんに会いたいって言ってさ。自分も弥助には世話になったからーって」

「わかりました。すぐに、支度を」

「ごめんねー、急に」


へらー、と笑う猿飛様に一礼し、旅の準備をするため部屋に戻る。

私みたいな身分の人間がお館様…武田信玄公に直接会うなんて滅多にないこと。せめて無礼がないようにしなくては。


「シノ、おいで」


荷物を持ち、駆け寄ってきたシノを抱く。


「今日はこれからお出かけ」

「おでかけ」

「そう。猿飛様と、幸村様と一緒に」

「ねーさまは?」

「ねーさまも一緒」


途端に嬉しそうな顔をするシノに頬ずりして笑う。ああ、可愛い。


「準備できた?」


ひょこっと廊下から顔をのぞかす猿飛様にはい、と頷けば猿飛様はシノの頬をちょんちょん、と突きながら口を開いた。


「シノちゃんは疲れちゃうから馬じゃなく俺様が抱っこね。依ちゃんは悪いんだけど馬で」

「わかりました」

「…ねーさまちがう?」


シノのこてん、と首を傾げる。

「移動の間だけね」

「ねーさま、一緒」

「移動の間だけだから…我慢出来る?」

「……する」


しょぼん、とするシノに胸が痛みながらも猿飛様達に迷惑をかけるわけにもいけないのでしょうがないと割り切る。


「大丈夫。馬と併走してくから休憩の時とかに話せるし」

「心遣いありがとうございます」


さあ、この世界での初めての遠出だ


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