私がこの世界に来たのは一年半前のことだった。

気が付けば見知らぬ場所にいて、戸惑う間もなく今の時代に居るはずのない落ち武者に襲われ、「ああ、死ぬのか」と覚悟したところを一人の男性に助けられた。それがじいさまだった。

身よりもなく、生きる術もしらぬ、生きる気すらなかった私はそれでもじいさまに迷惑を掛けれないとじいさまに礼を言いそのままその場を立ち去ろうとした。

けれどじいさまはそんな私を引き止め言ったのだ。


「お前の目が気に入らない。そんな目は一般の女がしていいもんじゃねぇ。家に来い。根性叩き直してやる」


不器用で無愛想な、じいさまらしい言葉だと、今では思う。

当時の私はそれに呆気をとられ流されるままにじいさまの家に行き、そこで初めて生きるということを知ったのだ。



それからじいさまは私に色々なことを教えて下さった。

着物の着方、水のくみ方、火の起こし方。
野菜の育て方、料理、洗濯などの日常生活に必要な知識から、薬草の見分け方や薬の作り方などの生きて行く術まで。

じいさまが忍をしてらした頃の話もよく話して下さった。


そして



「じいさま、その子は…」

「拾った」


私がこちらへ来て一年と少し経った頃
じいさまがシノを拾ってこられた。

じいさまに抱かれてぐったりしているしているシノを見た瞬間、私は思ったんだ。
この子は私が護る、と。







「依、次はこれを厨に運んでちょうだい」

「はい、わかりました」

「あ、依これもついでに」

「はい」


じいさまが亡くなってひと月。
私は猿飛様のご好意から上田城で女中をさせていただいている。

じいさまは幸村様のお父様である昌幸様に仕えてらして、現役時代は忍隊の長として、引退後は参謀として真田に深く貢献してきた方と聞いた。
そんなじいさまをご存知の方は城にも沢山いらっしゃり、じいさまの身内ということでかなり優遇されている、と思う。

だって本来なら私ごときの人間に部屋が与えられることなんてないのだ。
シノを城に住ませていただくことはおろか自由に城の中を動きまわれるようにしていただけるなんて、シノの面倒を見ながらなのだからと仕事内容を少なくしていただけるなんて、そんなことあり得ないのだ。

だけど幸村様を始めこの城の方々は日だまりのように暖かく、私たちに接してくれる。
それがとても嬉しくて、ありがたくて、少しだけこわい。


「ねーさま」

「なに、シノ」

「これ、」


くいっと差し出されたその手には何輪かのお花。


「綺麗だね。でも、どうしたの?」

「じちゃにもらった」


じちゃ、というのはおじさんのこと。おじちゃん、とうまく言えないシノの造語だ。


「にんにん」

「にんにん?にんにんのじちゃにもらったの?」

「じいさまに!」


にんにん、は忍のこと
にんにんのじちゃ、つまり忍のおじさん
じいさまに、ということは、


「…そう。じゃあ後でじいさまのお墓に行こうね」

「凄いね、今のでわかるんだ?」

「…!猿飛様!」

「あはー、びっくりさせちゃった?」


猿飛様は神出鬼没で、毎回驚かされてしまう。とても心臓に悪い方だ。


「シノちゃん、なんて言ったの?」

「忍の方にじいさまへ、と花をいただいたらしいのです。
ですから後でじいさまの所へ花を供えに行こうと」

「にんにん、が忍でじちゃが?」

「おじちゃん、らしいです」


成る程、と笑う猿飛様の隣でシノがお花の匂いをくん、と嗅いでいる。とてもマイペースな子だ。

おやかたさばぁぁぁあ!
という幸村様の声がどこからか聞こえる。
それに「さばぁぁぁあ」と真似るシノを見て、二人で笑ったのはまた別の話。


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