「旦那な立派なことを…!?」


猿飛様が口元をおさえ大袈裟に驚く。
そのおどけた様子に幸村様が真っ赤な顔で「うるさいぞ佐助ぇ!」と叫んだのをきっかけにその場の空気は一転し、ついクスクスと笑ってしまった。


「うるせーぞ真田!シノが起きんだろ!」


片倉様がそう言うと同時にシノが身じろぎをしたため一斉に口を塞ぎジッと息を殺しながらシノを見ればシノは相変わらずの熟睡状態で、ホッと息を吐く。
それがまた面白くて、つい笑みがこぼれた。


「じゃあ俺様は一仕事行ってきますよーっと」

「…某も執務が…」


そう言ってお二人は少し名残惜しそうに部屋を後にされる。
幸村様と猿飛様がいなくなられた部屋はとても静かで本当に先ほどと同じ部屋なのかと思うくらいだった。


「ったくあいつらは…」

「政宗様もお休み下さい。まだ傷は塞がっておりません」

「わかってる。…依」


真っ直ぐと私を見つめる政宗様に、私も姿勢を正し「はい」と政宗様を見る。


「俺は実の母親に嫌われ何度か殺されそうにもなった。だからお前がどんな気持ちでいたかも少なくとも真田よりかはわかる」


す、と自らの右目を触る政宗様に、それが彼が母親に嫌われた原因に少なからず関わっていることを察した。


「覚えておけ。もし家族のこと、過去のことを思い出しどうしようもなくなった時、幸せそうに生きるあいつらを見るのが辛くなったときは…俺のところに来い」

「政宗様…」


たまに、無性に辛くなるときがある。例えばあの頃の夢を見たとき。例えば体の古傷が疼いたとき。例えば暗闇に放り込まれたとき。

あの頃のことを思い出して、深くて暗い思考の海に沈み込みそうになる。

前の世界での私は前の世界での私
今の私は今の私
そう割り切って生きているけれどそれがうまくいかなくなって私はまだあの世界から逃れられないのだと実感させられることが、あるのだ。たしかに。


「俺には父親もいたしなにより小十郎がいた。だからお前よりずっとマシだったかもしれねぇ。だが、過去を思い出し苦しい時何をしてほしいかくらいはわかってやれる」


それこそ、小十郎なんかは大の得意だぜ。
そう茶化したようにいう政宗様に、私は



「…ありがとう、ございます」


政宗様のお言葉がただ、ただ嬉しくて。自然と口角が上がるのがわかった。


「けれど、政宗様も」


私だけでなく、政宗様も


「どうかお一人で堪えられませんよう」


一人で我慢するのでなく、片倉様でも他の家臣の方でもいい。
私に出来ることがあるのなら私でもいい。
誰かを、頼ってください。

そんな気持ちを込めながら政宗様の手を取りやんわりと両手で包み込む。


「私は、両親に愛された記憶がありません。ですから自分を愛してくれていた人に、自分が愛している人に酷い仕打ちをされた経験もありません。
もしじいさまがそうなったら…そう考え政宗様のお気持ちを予想することしかできません。けれど、それだけなのに、胸が痛くて痛くて溜まらないのです」


父に殴られた時よりも
母に罵声を浴びせられたときよりも
辛くて辛くてしょうがなかった。


「そんな痛みを乗り越えてこられたからこそ、政宗様はいい城主様になられたのですね」


弱い者の痛みのわかる優しく強い城主様。
きっと奥州は上田や甲斐と同じく、暖かい場所なのだろう。


「…じいさまの家にいた頃手当てをした忍び様の中に奥州の方がいたんです」


私の言葉に政宗様と片倉様が目を見開いたのがわかった。


「自分の主は優しく強い方だと、…けれど痛みを一人で堪えてしまう方だと、そうおっしゃっていました。
とても自慢気に、どちらがいい主かとじいさまと言い争って…」


その様子を思い出し、くすりと笑みがこぼれた。


「みなさん、政宗様が好きで好きで堪らないようでした。だからこそ主の痛みを和らげることの出来ない自分達がもどかしいと。だからせめて、自分達はあのお方の刃としてあのお方が理想とする世を作るために働くのだと、きらきらとした顔でおっしゃっていました」


あんな目をさせることが出来るなんて、きっと素敵なお方なんだろうと思っていた。事実、政宗様はとても素敵な方だった。


「政宗様は国を背負って立つお方ですから弱さを見せることも簡単ではないでしょうが…けれどあなた様を心配している方がいることは頭の片隅にでもよいので覚えていて下さい。私も勿論その中の一人ですから」




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