目の前の男は僅かに目を見開き、それから無表情にかわる。
「…なんでわかった?」
「じいさまが、よく話して下さいましたから」
じいさまが引退する少し前に来た幼い忍。何度も、何度も話して下さった。
「それに、」
「それに?」
ぴゅう、と首から下げていた笛を鳴らすとどこからともなく鳥が現れ、私の肩に止まる。
「じいさまが最期に猿飛様にお会いしたがっていたのを知って、呼びに行ってくれたのでしょう?」
肩に止まった鳥…じいさまの相棒だった時の頭を撫でながら時に尋ねる。
「じいさまの最期のお願い、聞いてくれてありがとう」
じいさまは猿飛様にお会いしたがっていたのはわかっていた。
けれど私はじいさまが誰に仕えていたのか、猿飛様がどこに居るのか。全く、わからなくて。
じいさまのお願いを叶える術を知らなかったから。
「ありがとう。本当に」
時は目を細め、それからくるる、と鳴きながら跳び、じいさまの近くにとまる。彼なりに最期の挨拶でもしているのだろうか。
「…十日前、弥助じいから文を貰った」
猿飛様がぼそりと呟く。
―十日前。じいさまが倒れる、三日前だ。
「その文に添えられていた花、わかる?」
「……スミレ、ですか?」
「なんでそう思った?」
「シノが摘んできたのです。ずっと家に篭もっていたシノが、初めて自分の足で外に出て。スミレの花を二輪」
時私の背に負ぶさるようにして蝶と戯れるシノの頭をくしゃりと撫でる。
回復してからもずっと外には出なかったシノ。初めて自分から外に出て、スミレの花を二輪。私とじいさまに摘んできてくれた。
「じいさま、珍しく照れてらして…ですから、そうなんではないかと」
「…正確。本当に弥助じいが言ってた依ちゃんみたいだね。
改めて真田忍隊が長、猿飛佐助。よろしく」
「依、と申します。どうかよしなに」
つつ、と頭を下げ、それからシノを抱き上げ、立ち上がる。
「私たちはしばし中に入っております。
じいさまに…」
「うん。最期の挨拶させてもらうよ」
へらりと笑ったその顔は先程のものとは違い偽物のそれではなく、けれどとても寂しげなものだった。
じいさまと過ごしたこの家には思い出が多すぎて、少しだけここに居るのが辛く感じる。
じいさまがよく着ておられた着物
じいさまが街に出る度に担いでいた薬箱
じいさまは本当に素晴らしい方だった。
私はなれるのだろうか。私を救って下さったじいさまのようにシノを護れる人間に。
「依ちゃん」
猿飛様が玄関から私を呼ぶ。
「もう、よろしいのですか?」
「オレ様も弥助じいも忍だからね。死は常にすぐそばにある。死ぬことが当たり前、生きているのが奇跡。だから最期の挨拶なんてすること殆どないから何していいかわかんないんだよねー」
あはー、と茶化すように笑う猿飛様の目許が少しだけ赤くなって居られたのは、見ない振りをしておこう。
きっと私も、そうなっているのだから。
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