ある雨の日、じいさまが小さな子供を拾って来られた。
その小さな体は痩せ細り傷だらけ。生きているのが不思議なくらいぼろぼろだった。
小さなその子は生きる気力を失っていて。それが悲しくて、悔しくて。
それでも必死に看病し少女が自分で動き回り、僅かとはいえ喋れる程にまで回復したある日
―――じいさまは突然倒れられ戻らぬ人となった。
獣に掘り返されないように深く掘った穴にじいさまを横たわらせる私の後ろにガサッという音と共に人の立つ気配がした。
ゆっくりと振り返ればそこには藤色の着物に身を包んだ小さな少女。
あの日拾われてきたシノだ。
小さくやせ細った体も随分マシになり、単語程度だけども言葉も話すようになったシノはの小さな手で私の着物の裾を掴む。
「…?」
じいさまを見ながら首を傾げるシノにツキン、と胸が痛む。
おそらくだけど死を、理解出来ないのだ。まだたった三年しか生きてないこの子にどうそれを説明しようか。
「…じいさまはね、眠っているの」
「ねむる…あな…」
「ずっとずっと眠って、もう起きないの。そうなった人はね、埋めてあげなきゃならないんだよ。そうしなきゃ天国に行けないの」
「じい、くるしい」
「大丈夫。苦しくないよ。…もう、苦しみから解放されたから」
深く掘った穴の中に横たわるじいさまの顔をジッとみつめる。
これが最後のお別れ。じいさまにはもう二度と、会えない。
「シノ、じいさまに最後のお別れをしよう」
これからどうして行こうか。
頭の中は不安でいっぱいだ。
じいさまの遺してくれたお金はある。生きてゆく術も教わってきた。
けれどまだ幼いシノを養っていくには働かなければならないだろう。シノを育てながら働く。それは可能だろうか。私には、自信がない。
「ねーさま、」
「なぁに、シノ。お別れ、した?」
私を呼びながらクイっと裾をひくシノにシノの方を見る、と
「―――!」
「こんにちは、かな?」
シノの先には先ほどまでは居なかったはずの橙色の髪をした男。
思わず、シノを庇うように抱き寄せる。
「そんな警戒しなくても大丈夫だよ?ちょっと、質問に答えて欲しいだけだから」
その胡散臭い笑顔にぎゅっ、とシノを抱きしめる腕に力を込めて、男を見た。
「あなたは?」
「これでも忍だからね、簡単には名乗れないのよ。で、質問なんだけどさ」
へらへらと笑っていた男の目が冷たいそれに変わる。
「君たちの名前は?」
「依と、シノと申します」
「ふうん…そっちの子の名前の由来は?」
「篠つくような雨の日に拾われたからシノ、と」
あの日、じいさまがぶっきらぼうにそう名付けたのを思い出す。
自分の名すら知らなかったシノ。思えばシノが私たちに心を開いたのはあれがきっかけだった。
今の質問で彼が誰か、わかった気がする。
私達の名だけでなくシノの名前の由来を聞くというのはそれを知っているからだ。
そっとシノを放し、その場に座り直す。
「―猿飛、佐助様ですね」
じいさまから幾度となく聞いた名前。
それはじいさまが現役の忍だったころに可愛がっていた、忍のものだった。
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