猿飛様は私の目の前まで来て、それから着物の袖を捲って眉をよせた。


「切り傷、火傷、これは…骨折の後?」

「はい」

「随分傷だらけだね。しかも肘から上だけ」


猿飛様に捲り上げられた着物下から現れたのは無数の傷痕たち。
きっちり肘から上だけにあるそれらは私があの世界で生きていた、証拠。


「率直に聞くよ。依ちゃんは忍?」


なんとなくそう聞かれるのはわかっていた。
薬を調合出来、症状を見て毒と判断し、そしてこの傷痕。更に言えばじいさまに拾われるまでの情報が全くない。怪しいことこの上ない、から。
それでも私は猿飛様の顔を、目を、真っ直ぐ見つめ首を横に振った。


「違います」

「…だろうね。あれだけ毎回俺様にびっくりするくらい気配に疎いし…なら、この傷は何?」


猿飛様が私の腕を再び取る。
私は自分の傷痕をゆっくりさすり、口を開く。

「―――折檻の、痕です」


誰かが息を呑んだのがわかった。

「折檻?」

「両親、から」


今も目を瞑れば浮かんでくるあの人達の姿。
記憶にあるあの人達はどれも顔が曖昧にしかなかった。


「…詳しく話してくれぬか」


お館様のお言葉に、こくりと頷き、ゆっくりと話し出す。


「…私の父は、世間一般でいうととても優秀な人でした。
教養があり、仕事も人の命を救う仕事をしていました」


有名な医者であった父。世界中を飛び回り、貧しい国々へ行っては病気の人達を見て回っていた。


「母は、どうしようもない人でした。どうしようもないくらい心が、弱い人。母は父が好きで、好きで、好き過ぎるあまり異常に父に執着し、結婚前から父につきまとっていたと聞きます」


資産家の娘だった母。父は母を鬱陶しく思いながらも金に目がくらみ母と付き合い、そして私が出来てしまい仕方なく結婚をした。


「結婚して一年程で殆ど家に帰らなくなった父、幼い私。
鬱憤は全て私にきました」


叩かれ、蹴られ、暴言を吐かれ。
何度も何度も死にかけた。


「それでも母の父に対する執着は収まらず、父も追い込まれていきました」


ストレスの溜まる職場
何十回何百回と鳴らされる電話
家に帰れば鬱陶しく付きまとう母


「母はお前が生まれたせいで父が冷たくなったと私を殴り、父はお前が出来たせいで結婚する羽目になったと私を殴りました」


どれくらいそれが続いたのだろう。涙も枯れるほどに長い年数だった。


「肘から上なのは着物で隠れるから。世間体を気にする人達でしたから…。
腕だけじゃなく、体中に傷はあります」


まるで私にあれは悪い夢なんかじゃなく現実で、今の生活こそが夢物語だというかのように、薄れることなく。
これがある限り、私はあの人達から逃れられない。


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