「…弥助はよい孫を持ったのう」
お館様のそのお言葉に私は「え?」と間抜けな声を返してしまった。
「いや、そうか。お主の望むことはそれだけか」
欲がない、と笑うお館様にいいえ、と首を横に振る。
「私はわがままで欲深い人間です。けれど沢山ある願いならばそれを全て叶えようとするのではなく、一番大きな願いだけを叶えたいと、そうしているだけなのです」
願い事は沢山ある。
それこそ、あげきれないくらい。ただ、願い事に優先順位をつけその一番だけに必死になっているだけ。
「して、その願いとは?」
「シノが…この子が健やかに育ってくれることです」
それが私の全て
ただもう一つわがままを言えるなら、シノが無事に育つのをその近くで見守りたいと、そう思う。
「そうか。
先ほどお主は幸せと言ったが、それは本当か?」
「はい」
それだけは、胸を張っていえる。
「じいさまに拾われるまでの私は死んでいなくても生きていなかった。ただ生きる理由もないままにそれでも呼吸だけは続けていただけだったのです。
けれどじいさまに会い、安心して過ごせる場所が出来、沢山のことを学び、"私"という存在が生まれました。
食べ物にも寝る場所にも困らず、じいさまと一緒にいれる。その生活を幸せと。それが生まれて初めて味わった幸せでした」
毎日苦しくて、苦しくて
何故生きているのかわからない
けれど流されるままに生きていた。そんな私を一目見ただけで感じ取り、変えて下さったじいさま。
「ずっと、それが最上の幸せと思っておりました。
けれどじいさまがシノを拾ってこられたあの日…」
篠つくような雨のあの日
「シノが私を見た瞬間、私の中に息が吹き込まれたような気分でした」
初めての幸せをかみしめ、生きるということを学んだ私に、シノは生きる理由をくれた。そう、感じたのだ。
「シノが来てから幸せだった生活が更に色付きました。
じいさまが亡くなったとき、私が生きるという選択肢を選べたのもシノのおかげでしょう。
それから、猿飛様のおかげで城で働かせていただくことになり幸村様にもお会いしました」
そこで、私は更なる幸せを知ったのだ。
「上田城は、とてもあたたかい場所でした。笑顔が溢れ、賑やかな声が絶えず、誰もがあたたかかった」
そして、不安でいっぱいだった私達をいとも簡単に受け入れてくれた。
「涙が出るくらい、あたたかいのです」
何もかも初めてのことで、酷く戸惑ったのを覚えている。
「今の生活は私の願望からきた夢で、いつか醒めてしまうのではないかと怖くなるくらい、本当に幸せなのです」
夢でないようにと願うくらい
それくらい、幸せで
「ですから、これ以上の幸せなんて望んだら、バチが当たってしまいます」
「…そうか。城はあたたかいか」
「はい。とても」
いつの間にかシノが私の膝の腕に乗っかり、私の胸に顔を埋めるように座っていた。
そのシノの体をしっかり抱きしめ、力強く頷いた。
「依はこう言っておるがどうだ幸村」
「はい!某は依殿の言葉に感動いたしました!依殿とシノ殿の幸せのため、全力を尽くしたいと!」
「よく言ったぞ幸村ァ!」
人間を殴ったときに起こらないであろう爆音を立てて殴られ、そして有り得ないまでに吹っ飛んでいった幸村様を見て呆然とするのは私とシノのみ。
猿飛様は「その壁誰が直すと思ってるの!?」とご立腹
奥州のお二人は「また始まったか…」とでもいうような顔。
「あ…これがじいさまがおっしゃってた殴り愛…」
ゆきむらぁぁぁあ!
お館さばぁぁぁあ!
ゆきむらぁぁぁあ!
激しく殴り合う二人をみながら「らぁぁぁあ」「ばぁぁぁあ」と真似をするシノの将来が少しだけ心配になった。
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