ごめーん!
と、軽い調子で謝る彼女にひくりと口元をひきつらせる。
ごめーん、じゃない、今起きたの、じゃない、だから休むわーじゃ、ない!
「なんでよりによって今日寝坊するの…!」
『いやー、昨日ダーリンと長電話しちゃって寝たの夜中でさー』
「今からでも来なさい、今すぐ気なさい、何が何でも来てお願いだから!」
『無理。バスあと二時間はないんだもん』
そうだったこの子山奥に住んでるんだった!なんて頭を抱えながら受話器片手に廊下を歩く。
うちの学校は授業中以外の携帯の使用は禁止されていないため私を咎める人はいなかった。
「もう、どうすんのあれ」
『他の人に頼んでー』
「他の人、って…」
っと、しまった、危うく通り過ぎるところだった…なんて慌てて体の向きを変え、目的地のドアに手を掛ける。
「いるわけないじゃん、豆腐料理の山なんて処理してくれる人!」
ガラッ、とドアを開けながら電話に向かって声を荒立てた、その直後。
「っ豆腐!?」
誰もいないはずのそこにいた五人の男子生徒と、豆腐という言葉に反応するその内の一人が視界に飛び込んで来た。
『すずりー?もー、ごめんってばー、怒らないでよ』
電話の向こうで友人が相変わらずの調子で謝罪をしている。
多分絶対確実に反省してない、じゃなくて、
「…いた」
『へ?』
いたかもしれない。豆腐料理、食べてくれる人。
「…駅前のクレープ」
『う…奢らせていただきまーす』
「一番高いのだからね」
『うえ…はぁい』
思い切り不満気な了承の声に終話ボタンを押し、こちらに視線を集めている五人を見る。
「あーっと…お邪魔します…?」
気まずい。気まずいけれど中に入らないわけに行かないのでへこりと頭を下げてから真っ直ぐ部屋の隅に置かれた冷蔵庫向かい、ドアを開ければ今朝方先生に頼んで入れておいてもらった見慣れた保冷バック二つ、目に飛び込んできた。
それを取り出して片方からプラスチックのカップに入ったそれを取り出し、ポケットに入れていた油性マジックで「賄賂です」と書いて冷蔵庫に。
これは家庭科の山本シナ先生への差し入れだ。
そこまでやって、さてどうしたものかと振り返れば先客の男子生徒―竹谷君、不破君、鉢屋君、尾浜君、それから久々知の五人がまだこちらを見ていることに気付いてビクリと体を震わせる。な、なんで見てるの。
「牧野さん、それ何?」
そんな私にニカッと笑って駆け寄ってきた竹谷君が保冷バックを見る竹谷君に、気まずい空気を壊してくれたことを感謝しながら保冷バックの中身を見せる。
「…タッパー?」
「昨日売れ残った豆腐で色々作って持ってきたんだけど…」
食べてくれる予定の子が休んでしまったのだと説明する。
ちなみに友人には昨日ちゃんと「豆腐料理を大量に作ったら食べてくれる?」と確認を取り了承を得た。にも関わらず先述の通りの理由で休まれてしまったためどうしようかと頭を悩ませていたのだ。
「じゃあ、これ全部豆腐料理?」
いつの間に近くまで来たのか久々知が目を輝かせながら保冷バックを覗き込んできて、思わず一歩後ずさる。
近いよ、久々知君…。
「と、豆腐料理と…あとおからとか」
ちなみにもう一つの保冷バックはデザート、と説明すればそちらを覗き込んで「おほー」とよくわからない歓声(?)をあげる竹谷君。
「牧野さん」
「ん、なに?」
「これ、余ってるなら食べたいんだけど」
バッと顔を上げてそんなことをいう久々知君にパチパチと数度、まばたきをしてからこくりと頷く。
「むしろお願いします」
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