綺麗な人だな、と思った。
男の人にそんなことを思ったのは、初めてだった。
「(またいる)」
商店街の隅っこにある小さなお豆腐屋さん。
そこによく来る綺麗な男の子。
真剣にお豆腐を選んだりおじいちゃんと談笑したり。それを遠目に見ながら厚揚げを作ったりポスターを書いたりするのが密かな楽しみだったりする。
「あれ、牧野さん?」
今日も今日とてエプロンをつけ、髪を一つに纏めてながら店に出た私の名前を呼ぶ声に顔を上げる。
「やっぱり、やっほー」
店の入口前でひらひらとこちらに手を振っているのは確か…
「竹谷くん?」
同じクラスの竹谷くん。下の名前は忘れたけど、ハチと呼ばれているのを聞いたことがある。
クラスの人気者で、この店の常連である美人さん…久々知兵助くんの友人だ。
「バイト?」
「ううん、ここおじいちゃん家だから手伝ってるとこ」
「えっ、マジで?」
「マジで」
駆け寄ってきた竹谷と話しながらちらりと店内を見ると、久々知くんが豆腐の入った袋を片手にこちらに向かってくるのが見えた。
「あ、もう買ったの兵助」
「うん、新作ゲット」
「…好きだな、本当に」
そんな2人を眺めていると、不意に久々知くんと目が合い、へこりと頭を下げる。
近くで見ても、やっぱり綺麗。
「知り合い?」
「同じクラスの牧野さん。こっちは隣のクラスの久々知兵助」
「牧野すずりです」
「…久々知兵助です」
小さく頭を下げる久々知くんに私も頭を下げて、手に持っていた手書きポスターを店の壁に貼り付ける。
「……!ハチ、これ!」
「え?…限定豆乳プリン…へえ、こんなんあるんだ」
「うん、明日から販売予定。
もし、気になるんだったら試作品あるから食べてみる?」
「っいいのか!?」
ポスターを見て興奮気味に竹谷くんの腕を掴む久々知くんに唖然としながらそういえば試作品があったはず、とそんな提案をすれば嬉しそうにこちらを見るもんだから、もう。
「こっち、来て」
おじいちゃんに声をかけてから店と家を繋ぐ引き戸を開けて私達がいつも休憩している小部屋のような所に案内する。
それから厨房の冷蔵庫の中に入っていた豆乳プリンと、ついでにと形が悪く店に出せない豆腐のドーナツをお盆に乗せてお茶と一緒に2人のもとまで持って行き、机に並べた。
「どうぞ」
「おー、美味しそう!」
「口に合わなかったらごめんね」
因みにこっちがプレーンでこっちが黄粉、それからこれが黒ごま、と説明しながらプリンを並べると、すぐに2人の手がスプーンを掴み竹谷くんが黄粉、久々知くんがプレーンのプリンを掬って口に。
…ああ、緊張する…。
「…うまい」
「うめー!」
「本当?よかった」
2人の口から漏れた賞賛の言葉にホッと胸をなで下ろす。
「もしかしてこれ、牧野さんが作ったの?」
「うん。お豆腐以外のメニューは大体私」
「すげー!これマジでうまいよ!」
「…ありがと」
自分が作った物を目の前で食べてもらうなんてこと、今まで家族以外でなかったから嬉しくて、ついお盆で顔を隠してしまう。
「あ、久々知くん…はいいや、竹谷くんさ、ちょっと手元写真撮ってもいい?」
「へ?別にいいけど…」
「ブログに載せたいの。顔とかはちゃんと写らないようにするから」
エプロンのポケットに入れていたスマホを取り出してプリンを掬うスプーンを中心にプリン全体が写るようにパシャリと一枚。
「ブログ?」
最初の一言以外黙々とプリン(と、いつの間にかドーナツも)を食べていた久々知くんがキョトリと首を傾げる。美人さんな上に仕草がかわいいなんて反則だ。
「お店のブログ、やってるんだ。
閲覧数はそんなに多くないんだけど、それでも私の記事を見てここに来てくれる人、いるかもしれないし」
だから出来るだけ新商品は載せるようにしているのだと説明すれば2人はなる程、と頷き私の撮った写メを覗き込んだ。
「へぇ…俺らそういうのやってねぇからなー」
「案外楽しいよ。同じ趣味の仲間が見つかったり、自分の"好き"を共有できたり」
「好きを、共有…」
まあ、そんなこと言いながら私はあんまり活用出来てないんだけどね、なんて言って小さく笑う。
いつの間にか、テーブルの上に置かれたお菓子は完食されていた。
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