そんな騒ぎが一旦終わりを告げたのはその夜のことだった。
確認や承認待ちの書類が返って来たり打ち合わせその他諸々が終わり次第再び悪夢がやってくるとターヤさんが覇気のない目で呟いていたのを思い出す。
今日のはまだ序の口なのだとか言っていたけど何それ怖い。
文官さん達は明日からの修羅場に向けて体力を蓄えるぞ!と早々に帰って行き、ジャーファル様と私だけが残った執務室。
侍女さんが淹れてくれたお茶の入ったカップをコトリとジャーファル様の机に置く。私のはホットミルク、ジャーファル様のはジャーファル様が好んで呑んでらっしゃるというお茶だ。
「侍女の方が淹れて下さったお茶です」
「…ありがとうございます」
はぁ、と息を吐きカップを持ち上げるジャーファル様を確認しながら猫舌な私に合わせてぬるめにしてくれてあったホットミルクを一口。…ああ、美味しい。
「今日はありがとうございました」
「いえ、私は殆ど…」
「お礼は、素直に受け入れるものですよ」
「…はい」
お互い目は合わせないものの、2人の間に漂う空気は穏やかなもので、少しだけくすぐったかった。
「ピスティとシャルルカンの相手もしてくれたようで」
「相手、といいますか…お手伝していただいて」
「あの2人は前にも手伝おうとしてくれたのですがみんな相手をしている暇がなく放置していたら呑気に雑談しだしたなんてことがありまして」
…なんとなく、想像がつくのは何故だろうか。
ピスティ様もシャルルカン様もとても人の好い方なのはすごくわかるのだけど、なんというか、頭を使うのが少し苦手なんだろうと思う。
「ですからあなたがあの2人に指示を出してくれて助かりました。あんな子達ですが今日はよく働いてくれましたから」
「私はただ自分が出来ないことをお願いしただけですのでその言葉はピスティ様達に…」
「ええ。ちゃんと言いますよ」
そう言ってお茶を一気に飲み干しはああああ、と大きなため息を吐かれるジャーファル様。
ああ、かなり疲れてらっしゃる…。
「こんな時に申し訳ないのですが…もし迷惑でなければマッサージをさせていただけませんか?」
「え?」
「最近、あまりマッサージをしていなかったので腕が鈍ってしまっているような気がして。
迷惑は承知なのですがもしお付き合いいただけるのならマッサージを…」
そう言ってわざとらしくない程度に肩を回して小さく微笑めばきょとんとしてらしたジャーファル様がその表情を苦笑に変え、口を開いた。
「…あなたは気の利かせ方が上手ですね」
素直にマッサージしましょうか?と聞いたところでジャーファル様は頷いて下さらないだろう。はいどうぞ、と体を委ねてもらえる程の人間関係は築けていないし、私に弱みを見せるのは嫌がると思う。
だからこれはあくまでも私からの勝手なお願いだということを強調した。
ジャーファル様はきっとその意図に気付いてらっしゃるとは思うけど。
「では、よろしくお願いします」
「…こちらこそ」
椅子に腰掛けたままのジャーファル様の背後に回り肩に手を置く。…い、石みたいだ…。
「かなり凝ってらっしゃいますね…」
そんなことを言いながらゆっくり時間を掛けて肩、首、背中と凝りをほぐしていく。
凝り固まった筋肉が解れていく瞬間
肩の力がふっと抜ける瞬間
冷たかった体があたたかくなっていく瞬間
私はそれらが大好きだった。
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