少しだけ過去の話をしようと思う。
物心ついたときには施設で暮らしていた私は聞くところによると2歳の時に親に捨てられたらしい。
けれど両親の記憶はないし、それどころか施設にくる前の記憶もないから特に親を恨んだりはしなかった。

施設の職員は決して良い人たちではなかったけれどご飯はしっかり食べさせてもらえたしお風呂にも入らせてもらえて殴られることもなかったので幸せな方だったのだと思う。

何より親はいなかったけど兄弟は沢山いたから毎日それなりに楽しかった。
小4の時にとある夫婦に引き取られてから兄弟達に会うことは殆どなかったけれど手紙のやりとりはずっと続けていた。

さて、話は私を引き取った両親達に移る。2人ともとてもいい人で愛されていたと自負している。
そして養父は整体師、養母はマッサージ師をしていて引き取られた当初からその仕事内容を眺めるのが私の楽しみだった。

テレビより、本より何よりそれが好きなんて我ながら不思議な子供だったと思う。

そうして年を重ね将来を見据え進路を選ぶ時も迷わずその道に進むことを決めた。
そこで問題になるのは整体師…正しくは柔道整復師になる道を選ぶか、マッサージ師…あん摩マッサージ指圧師になる道か。

正直どちらも魅力的でかなり悩んだのだけど、整体だけで食べていくのは難しいと養父に諭されあん摩マッサージ指圧師の資格を取るために三年生の専門学校に通いながら足裏マッサージのお店でアルバイトをしたり同じ施設の出身である姉代わりのお姉さんの働くエステサロンの手伝いをしながら三年間を過ごした。

私がこの世界に来たのは三年のカリキュラムを終え、資格を無事取得しあとは卒業式を待つのみ、というその時だった。

そうして図らずして世界を渡ってしまった私は商人さんに拾われその仕事を手伝う一方で店のみんなや取引先の人なんかのマッサージをして小遣いを稼いだりしていて、ターヤさんもその中の一人である。



「あなたは、マッサージが得意なのですか?」


一瞬の間に現実逃避をしていた私にかけられた言葉にハッと意識を目の前にいるジャーファル様に戻した。


「はい。国では専門の勉強をして生業にしようとしていましたので…」

「先ほどのは?」

「足裏マッサージと呼ばれていて、足には沢山のツボがあり、圧したときに痛みを覚える箇所で体の不調がわかったり、場合によってはそれを治せると言われています。あくまで、気休め程度ですが…」


足裏マッサージには医学的根拠はないと言われている。足の浮腫をとったり腰の痛みを和らげたり…そういう効果はあるけども。
だけどこれが案外あたったりするのだ。


「あなたの国にはこちらにはないものが沢山あるのですね」

「はい。けれど同じようにここには私の国にないものが沢山あります」


本当に、そう思う。


「ニホン、でしたっけ」

「はい」

「政治体制やなんかも大分違うんでしょうね」

「そうですね、あまりこの国の体制には詳しくないですが、全く違うかたちだと思います」

「ほう、それは気になるな」


2人きりの筈の空間に突然聞こえた第三者の声に「え?」と声の方向を向けば部屋の入り口からひょこっと顔を出しているシンドバッド王と目があった。

ジャーファル様が「仕事は」と簡潔に聞けば終わった、とのこと。終わったならば問題はないのか鋭く光っていたジャーファル様の目もいつものものに戻る。

私がこの国に来てからシンドバッド王に会うときは大抵仕事を抜け出してジャーファル様に連行されるときだったので何故か新鮮に感じられた。


「時にジャーファル君」

「はい、なんでしょう」

「こんな空き部屋で逢い引きだなんて…ま、待て、落ち着くんだ、落ち着いて眷属器をしまってくれ!」


―――ああ、いつも通りか。

ジャーファル様がシンドバッド王にここにいる理由を簡単に説明している間なんとなしに部屋の入り口を眺めていれば通りかかったヤムライハ様と目が合ってぺこりと頭を下げる。

シンドバッド王、ジャーファル様、私という組み合わせに一瞬キョトリとした後にハッと目を見開いて「すずりー!」と抱きついてくるヤムライハ様。


「ありがとう!あなたのおかげで実験が成功したの!」

「お、おめでとうございます。
けれど私のおかげ、とは…?」


テンションが高いのは寝不足によるナチュラルハイと実験が成功したことによるものだろう。
自分よりやや身長が低いヤムライハ様を受け止めながら首を傾げる。

私は何もした記憶がないのだけども。


「なかなか上手くいかなくてイライラしていたときに切羽詰まった時は一度休んでみれば上手くいくこともあるってお茶を持ってきてくれたじゃない!」

「ああ…あれはピスティ様が…」


ヤムが構ってくれない!と拗ねてらして話を気いたらかなり切羽詰まってらっしゃる様だったから息抜きに、とお菓子とお茶を持って2人で顔を出したのだ。


「それでちょっと寝るだけで違うって寝かせてくれたでしょう?おかげで頭がすっきりして上手くいったの!」


ありがとう!とぎゅうぎゅう抱きついてくるヤムライハ様の背中を撫でながらポカンとしているジャーファル様とシンドバッド王に小さく苦笑する。


「そういえばすずりはまだ食客になってなかったわよね?」

「はい」

「ジャーファルさん、私に下さい!」

「えええええ…」


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