ラノが子供をキャッチしたのを見てホッと息を吐き、もう一度黒鳥に額をつけて「ありがとう、ごめんね」とだけ告げてラノの背中に飛び移る。

怯えている子供…四歳くらいの少女だろうか…を抱きしめ「もう大丈夫だよ」と頭を撫でれば堰を切ったかのように泣き出す少女。
その間もラノは王宮へと私達を運んでくれ、部屋にいたはずの4人が集まる門の前に私達を降ろしてくれた。


「すみません、この子をお願いします。鳥に捕まれてた背中が傷になっているんです」


そう言って子供を侍女さんに渡せば直ぐに少女を抱き締めバタバタと走り去っていく。


「すずり!」


ドン、と勢いをつけて飛び込んできたピスティ様を、少しよろけながら受け止めて見下ろせば「びっくりした」と少しむくれながら怒られてしまった。


「すみません、つい、体が動いてしまって…」


考えれば考えるほどあの時の行動は…ない。


「窓から飛び降りた時はびっくりしたよ」

「本当、なんと言ったらいいか…」


シンドバッド王の言葉に顔を抑えながら目を反らす。
王様とその側近との話し中に窓から飛び降りるって…有り得ない。


「いや、無事で良かった」


君も、あの子も。


「ありがとう」


そう言って笑うシンドバッド王の笑顔は、泣きたくなるくらい暖かいものだった。





子供が落下した際に大声を出したせいか喉を再び鈍い痛みを訴えだしたのと久しぶりに激しい動きをしたせいですっかり体が限界を訴えたため話の続きはまた後日、ということになった。


それが昨日の話だ。


「じゃあ、25+182+48+20+87は?」

「356です」

「それじゃあ124+35+63+520420!」

「1162、です」


良く晴れた昼下がり、私はピスティ様に連れ出されて来た中庭でラノの羽根を撫でながらピスティ様の報告書の作成の手伝いをしていた。

手伝い、とは言えその内容を見るわけにはいかないので地面に寝そべりながらペンを握るピスティ様が読み上げる計算式の答えをいうだけなのだけど。


「終わったー!」


バッ、と両手を挙げて叫んだ後にジャーファルさんに届けてくる!と駆けだしていったピスティ様を微笑ましく思いながら、すり寄ってくるラノの頭を額をつける。

こうして額をつけると動物と会話が出来る。
動物達は私の伝えたいことを理解してくれるし、相手が伝えたいことも流れ込んでくるのだ。

ただし必ずしもお願いを聞いてくれるわけではないしその子の知能指数によっては簡単な感情しかわからないこともある。

ちなみに、ラノは凄く頭がいいので大体の会話が成立する。
この子の賢さは動物に詳しいピスティ様でさえびっくりするくらいで、ラノが実は自分は同じようにトリップしてきた人間で何故か世界を越えたら鳥になってたんだよね、なんて言い出しても私は驚かない。


「(腹が減った)」

「ん、いいよ、行ってらっしゃい」


狩りに行くというラノの体を離し見送る。
ラノは図体はデカいが肉ではなく魚を食べる。

川ではなく海の方向に行ったということは大きな獲物狙いなのだろう。

そういえばラノはなんという種類の鳥なのだろうか。ある日森に行ったらちょうどラノが卵からかえったところで目があって刷り込み完了、というなんとも言えない出会いをしたものの近くに親鳥も他の雛も居らず、彼が成鳥であるかすらもわからない。

一応、出会ってから5ヶ月くらいだし成鳥なのだろうけど。


この世界に来て半年とちょっと。
変わったことはいくつかある。
一つ、動物に好かれやすくなった。
これは大抵の動物に威嚇されることがなく、場合によってはすぐに懐いてくれるようになったということ。
二つ、動物と会話できるようになった。
もしかしたらこれのおかげで動物に好かれるのでは、とも思う。
三つ、身体能力があがった。
元々身軽な方ではあったが、今は…なんというか、猫のような身軽さというのか。マスルール、様?のような超人的な動きにはこれっぽっちも及ばないが二階くらいの高さなら飛び降りても平気でジャンプ力もかなりある。

あとは日本語とこちらの…共通言語?を使い分けれるようになったことだろうか。


「暖かい…」


呟いたのは、この世界の共通言語。


「"なんでだろう"」


今度は日本語。

久しぶりに使ったこの言葉はやっぱり口に馴染んで自分があの世界の人間だったと思い出させてくれる。

頭の中のスイッチをオンオフするように喋る言語を変えられるのも勿論この世界に来た時に勝手に身に付けられていた能力だった。

最近はずっとスイッチを入れっぱなし。思考すらもこちらの言葉にしている。いつ何時日本語が出てしまうかわからないから。


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