次に起きたとき、空は茜色に染まっていた。
私が船から逃げたのは朝日が顔を出すちょっと前。その後この部屋で目を覚ましてシンドバッド王達と話したのは多分お昼頃。
ラノを呼んだときの太陽の位置的に。
そして今が夕方、か。


「("12時間くらいの間なのに、色々あったな…")」


とりあえず横たわっていた体を起こしベッドから降りる。
今回はちゃんと立ち上がることが出来た。

そのままなんとなしに部屋をうろちょろしてみたところ、部屋にはトイレとシャワーがついていることがわかった。…ここの時代設定が未だにわからないや。
まあでもこれはありがたい。

部屋の隅には私の荷物が置かれている。逃げ出す際にどさくさに紛れて取り返したのをラノがちゃんと運んでくれたんだろう。
中に入っているのは僅かなお金と普段持ち歩いているこの世界で買ったり、貰ったりしたもの達…あとはそろばん、ポーチ、それから木の棒のようなもの。

この3つは私が唯一前の世界から持ってきた物だった。まあ、それはともかくおじさんからもらった万年筆は声が出るようになるまで常に持っているようにしよう。羽ペンと墨を持ち歩くわけにもいかないし。

ベッドに戻って上半身を起こしたまま窓から外を眺める。近い内におじさんに手紙を書いてラノに届けて貰おう。
手紙を書くときはジャーファルさんかシンドバッド王に見て貰ってからの方がいいだろうか。

…疑われるのは面倒だからそうしようかな。


「失礼します」


とりあえず書くだけ書こう、と手紙を書き終えた直後、コンコン、というノックの後に入ってきた…侍女さん、かな。
美人なお姉さんだった。


「夕食はこちらに運ばせていただいてもよろしいでしょうか?」


ハンナと名乗った侍女さんの問いかけに少し考えてから先ほどの紙に喉を痛めているので柔らかい果実のようなものがあれば嬉しい、という旨を書いて見せればハンナさんはすぐに桃を甘く煮た物を持ってきてくれた。

それにお礼の代わりに頭を下げて一口食べる。
久々のまともな食べ物、ということを除いてもそれはとても美味しくてつい頬が緩んでしまう。

―何故だかハンナさんが驚いたような顔をしていたのだけど、この時の私がそれに気付くことはなかった。

全部食べ終え手を合わせてご馳走様でした、声に出さず呟く。
タイミング良く差し出されたお茶をふうふうと冷まして飲めばスーッと鼻から抜ける香りとほのかな甘さ。ハーブティーだろうか?

聞けば薬湯のようなもので喉にいいもの、らしい。甘さの正体は蜂蜜だった。
そんな心遣いが嬉しくてまた顔が緩む。
こんなに声を出せないのがもどかしく感じたのは初めてだ。
ありがとう、そう伝えたくても声に出して伝えることが出来ないなんて。
せめて、と自分が作れる最上級の笑顔を向ければとても綺麗な笑顔が返ってきたのでちゃんと伝わった、と思いたい。


食器類を手に部屋を出ていくハンナさんと入れ替わるように部屋に来たのはシンドバッド王ともう一人、初老の男性だった。

慌てて立ち上がればシンドバッド王が苦笑しながらそれを制す。


「彼はここの侍医なんだ。君の喉を見て貰おうと思ってな」

「まずは口を大きく開けてもらえるかな?」


優しげな風貌の男性の言葉に素直に口を開く。
首もとを触られたり声を出してみたり、そうしている内に出された診断は数日で治るだろう、というもの。
ジャーファルさんが言っていたのと同じそれにホッと息を吐いた。

よかった…ちゃんと治るんだ。

正直毒を飲まされたときはどうしようかと思ったけど王宮従属の医者がいうなら間違いないだろう。


「何か困っていることはあるか?」

「"大丈夫です"」

「そうか…何かあったらすぐに言えばいい」


シンドバッド王の言葉にぺこりと頭を下げて、それから「あ、」ととあることを思い出し彼を仰いだ。


「どうした?」

「"拾ってくれた商人、手紙書く。いい?"」

「ああ、確かに無事を知らせた方がいいだろう。だが届くまで時間が掛かってしまうな…」

「"ラノ、届けてる"」


先ほどしたためた手紙をシンドバッド王に確認してもらっている間に指笛を吹いてラノを呼ぶ。
すぐに現れたラノにシンドバッド王が確認し終わった手紙をラノの首に下げられている袋に入れた。お医者様がラノを見て酷く驚いていて申し訳なくなる。



「(これをおじさんのところに届けて欲しいんだ)」


ラノの頭を抱き寄せそう頼めばラノはピューッ、と大きく鳴いた後空の向こうへ羽ばたいていった。
これで大丈夫。


「伝達も出来るのか…」


シンドバッド王の問いかけに頷く。
あの子は本当に賢くて、おじさんの所に世話になっていた頃もよく船旅についてきてはそこから私たちが書いた手紙を村まで運んだりくれたりしていた。
本当に、ラノがいなければ今頃どうなっていたか。本当に大切な友人だ。

それから一言二言話をしてから2人は部屋を出て行った。

ベッドに横たわり、目を閉じる。

寝れる気は、これっぽっちもしなかった。

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