私がこの世界に来たのは半年前のことだった。
海岸で眠っていた私を拾ってくれた商人さんは「言えない事情の一つや二つ誰にでもあるだろう」と何も聞かず私を店に置いてくれ、それだけじゃなくまわりに怪しまれないようにと一緒に私の話を踏まえながら怪しまれない"設定"まで考えてくれた。


「地図にも載らない東の島国、ですか」

「"奴隷狩り?遭った。だから閉じた"」

「閉じた?」

「"他の国の人間を入れない"」

「成る程…港を閉じたのか」


私は東の小さな島国の出身で、その国は昔大規模な奴隷狩りに遭った為鎖国をしている。
だけどある日どこからか島の情報を聞きつけた船がやってきて何人かが連れ去られた。そこで奴隷商人から逃げるため私は島の外に逃げさせられた、というもの。

後半はあれだが前半は大体嘘ではない。日本は確かに鎖国をしていたし、その原因の一つに日本人が奴隷として売り飛ばされそうになっていたとかされたとか、そんな説もあったはずだ。確か。


「奴隷狩り…何か特殊な能力があったりするのか?」


紫の人(シンドバッドというらしい。なんとこの国の王様だった)の問いかけに首を横に振る。
えっと…どういうスペルだっけ。この世界に来た当初から何故か言葉は通じるんだけど読み書きはからっきしで、まだ習い始めて半年だから正直キツい。


「"技術や文化、発展してた。だから使える。真面目な人間多い。だから従えやすい"」

「発展していた?頭が良いのか?」


んん…それは考えてなかった。
えっと、…そうだ。


「"真面目、好奇心旺盛な人柄。それに国閉じてるから集中出来た"」

「国内のことだけに集中出来たわけか…」

「それで、島から逃げた後はどうなったんですか?」

「"嵐にあった。海に落ちて、気が付いたら海岸で寝てた"」


ここら辺は混乱していたからあまり記憶がないということにしておく。商人のおじさんがその方がいいと言っていた。


「"そこでおじさんに拾われた。文字、習った。半年前"」

「随分最近のことだな…半年でそこまで書けるなんて優秀じゃないか」


シンドバッド様の言葉に首を横に振って再びペンを持った。


「それで…また攫われたのですね」

「"3日前。奴隷、やだ。海に逃げた"」


あの時は確か…そうだ、見張りの目を盗んで縄を切って、そしてあの子が助けてくれたんだ。

窓を開けてぴゅぅっと指笛を鳴らすと、すぐに聞こえる大きな羽音。そうして現れたのは、私とそう大きさ変わらない大きな鳥で。


「そ、その子は?」

「"ともだち"」


この世界に来てからやたら動物に好かれるようになった。
そうして、たまたま怪我をして手当てをしてあげたこの子に試しに教えてみたらこうして呼んだら来てくれるまでになったのだ。

名前はラノ。見た目は怖いけど大人しくていい子だ。


「その子が君をあの海岸まで?」


ジャーファルさんの言葉に頷く。
海に飛び込んだ私を寸でのところで拾い上げ助けてくれたのだ。
恐らく海岸に捨てたのはシンドバッド様の気配を感じたからだろう。この子はとても頭がいいから彼が私を保護してくれるのがわかったのかもしれない。


「(ありがとう、ラノ…助かったよ)」


声に出さなくても通じたのか、ラノが一声鳴いた後私に頬摺りをし、空の向こうへ飛んでいった。


「君は動物を従えられるのか…」

「"ラノ、特別。凄く頭いい"」

「ラノというのはあの子の名前ですか?」


こくん、と頷いて2人を見る。
説明は粗方終わったのだけど。


「…よし、君の事情はわかった!とりあえず君はここでしっかり体を治すといい。ここは安全な場所だからな」


シンドバッド様の言葉にパチリとまばたきを一つ。
なんで?たまたま海岸に落ちてた人間を拾っただけじゃなく王宮で休ませるなんて…これがこの国の普通なの?


「はぁ…あなたはまた…。
でもそうですね。今この国の外に出てもまたいつ攫われるかわかりませんからここにいるのが一番安全でしょうし」


そう言って微笑むジャーファルさんの目には僅かながらも警戒の色が残っていて。


「(怪しい人間を野放しにするより近くに置いていた方がいいってことかな)」


それでもいい。ここに居ていいと言ってくれるならそれに甘えよう。
小さく頷いた私はそのままベッドに正座をし、よろしくお願いします、という意味をこめてしっかり頭を下げた。
文化が違うからか酷く戸惑われてしまったが、私の国の挨拶です、と紙に書いてみせればなんとか納得してくれた。

2人が部屋を出ていったのを確認しごろんとベッドに横たわる。
奴隷商人に捕まってから3日間、まともに寝てなかったからか先ほどまで意識を失っていたにも関わらず眠気は遠慮なく押し寄せてくる。

―そういえば、ベッドで眠るのも久しぶりかもしれない。
私を拾ってくれた商人さんは船に乗ることも多く、私もそれについていくことも多かった。
今回浚われたのも船から降りた直後で…ああ、駄目だ、頭がはたらかない…


「(ねむい…)」


今はとにかく、寝ようか

―願わくば、夢の中では幸せでありますように―


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