―違う世界に来たというのに相変わらず空は青く、雲は白く、海水はしょっぱく、そして血は赤いのか。

学校帰りに事故に遭って、気が付いたら見知らぬ海岸で眠っていた私を拾ってくれたのは親切な商人だった。

誰にも言えない事情の一つや二つあるだろう。行くところがないならうちにくればいい。

そう言って私に居場所をくれたあの人は、元気にしているのだろうか。


「大丈夫か!?」


こちらに来たばかりの時のように海岸で仰向けで横たわる私に声を掛けるのはアラビアンな衣装を纏ったお兄さん。

ああ、馬鹿みたいだ。
こうしていればあの人たちがまた拾ってくれるんじゃないかなんて、そんな馬鹿みたいなことを、本気で―――


「(ごめん、なさい)」


ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、
声を出さず譫言のようにただそれだけを繰り返す私にお兄さんは悲痛そうに顔を歪め、私をゆっくりと抱き上げる。

それを最後に、私の意識は深い闇の中に沈み込んだ





次に目を覚ましたとき、私は柔らかいベッドの上に居た。


「(ここ、は?)」


目を覚ましたら知らない場所に、なんてまた経験するとは思わなかった。

そんなことをポーッと考えながら視界を彷徨わせ、ハッと気付く。


「ぃっ、…っ?」


逃げなきゃ、という言葉は声にならず喉に激痛が走って思わず喉を抑えゴホッ、と咳き込む。

それすらも痛くて、それが今の状況も相俟って怖さを倍増させる。

とにかく逃げなくきゃ、
そう思い震える足をベッドから降ろすが力が入らずそのまま前に倒れ込んでしまう。

その音に気付いたのだろう。ドアがバンっ、と開き、2人の男性が現れた。


「よかった、目が覚めたのか!」


そう言って駆け寄ってきたのは意識を失う直前に見た紫の髪の人。
この人は敵が、味方か。それがわからず私は慌てて体制を直し、立ち上がろうとするがやっぱり上手くいかなくてその場にぺたんと座り込んでしまった。


「ああ、無理に動かない方がいい!大丈夫だ、俺達は君に危害を加えない」


男の言葉は到底信じられるようなものではなかったが、まっすぐにこちらを見つめる瞳が嘘をついているようには見えなくて、しばらくその目を見つめ返した後にゆっくりと頷くと男はホッとしたように息を吐いた後、「ちょっとすまない」と断りを入れた後私の両脇に手を入れひょいっと持ち上げた。

突然のことに硬直する私をベッドに降ろし、満足そうに頷いた彼に少しだけ視線が高くなった私はゆっくりと部屋を見渡し状況を理解しようと思考をめぐらす。

この世界に来て始めて触るふかふかのベッドに、上品さの溢れる綺麗な部屋。一目見てお金持ちだとわかるような装飾品を身につけた紫の髪の男性と、その後ろに立ち柔らかい笑みを浮かべながらも目に警戒心を浮かべるそばかすの男性。

―成る程、全くわからない。


「少し、訊ね事をしていいかい?」


男の問いかけにこくんと頷く。


「君の名前は?」

「"すずり"」


声を出そうとすると喉に激痛が走るのは先ほどよくわかったので口をぱくぱくとさせ答えるがやっぱり伝わらないようで、仕方がないのできょろきょろと部屋を見渡し、ベッドサイドに置かれてあった紙に同じく置かれていた羽ペンで"すずり"とここ数ヶ月で必死に覚えた此方の言葉で書き込んだ。


「すずりか」

「喋れない、のですか?」


始めて口を開いたそばかすの人の言葉に、首を横に振る。
喋れないわけではない。ただ、今は喉が痛むだけで。

それを説明したかったのだけど、喉という単語をこっちの言葉でどう書けばいいのかわからず一瞬戸惑う。
…文章でなくてもいいか。
伝わればいいのだ、と再びペンにインクを付けて紙に向かい合う。

まず描いたのは人間の絵。
その横に私、と書く。
それからその横に液体の入ったコップを書き、矢印を書いて私がそれを飲んだことを表す。

2人は最初怪訝そうにしながらも「何かを飲まされたのか?」と私に訊ねた。
それに私は頷いて、それから喉を抑えて口をぱくぱくと動かした後、紙に"いたい"と書き込む。


「…何か液体を飲まされ、喋ると喉が痛む、ですか?」


こくん、と頷く私。
難しい顔で顔を見合わせる2人。

私が飲まされたのは恐らく毒だろう。
2人もそれがわかっているのだ。


「"奴隷商人に捕まって船に乗せられた。毒飲まされた。声 小さくするため、少しずつ飲ませる。言ってました"」

「奴隷商人に捕まり船に…声を小さくするために毒を盛られたのか?」

「"主人、うるさいの嫌い。でも喋れないのは困る"」


簡単な単語や文しか書けないのがもどかしくてペンを持つ手に力が入る。


「成る程な…売り飛ばす先の主人とやらがうるさいのを嫌がるから声が出ないように毒を盛った…」

「確かに有り得ない話ではないですね…暗殺者も、組織によってはそうして少しずつ毒を飲ませ声が出ないようにされることがありますから。
あなたは何回飲まされたのですか?」


1、と指を立てればそばかすさんは「それなら数日で治るでしょう」とホッと息を吐いた。

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