ん、と手渡された濡れタオルを目に当てながらなんでこうなったんだろう、と目を瞑る。

黄瀬君が体育館に戻ったのを見送って笠松くんもごめんね、と謝って。それから体育館に戻って、と告げたら無言で手を引かれ気が付いたら保健室にいた。

笠松くんは何も話さないし、なにがなんだかわからないままに椅子に座らされ今の状況なんだけどやっぱり思い返したところでよくわからないのは変わらなかった。


「ごめんね、ありがとう。もう大丈夫だから部活に…」

「…それ」

「え?」

「大丈夫って口癖か?」


笠松くんに言われてハッと気づく。
確かにさっきから大丈夫しか言ってない気がする。


「悪いけど大丈夫には見えねぇ」

「…それ、さっき黄瀬君にも言われた…。そんなに情けない顔してるかな?」


へらっ、と笑って首を傾げる。今も笑えてないのかな。ちゃんと笑えてるって思っていただけに余計情けない気持ちになる。
でもたぶん、いつもは絶対私の目を見ない笠松くんが目を見てそんなことを言うから、本当に本当なんだろう。


「…家」

「?」

「少し遅くなっても平気か」

「う?うん、平気だけど…」

「送ってくから待ってろ」


え、と戸惑う私に目もくれず笠松くんはすたすたと保健室から出て行こうとする。
え、え、え


「あの、本当に大丈夫だから、」


そこまで言ったところでギロッと睨まれ口を閉ざす。め、目を見てくれるようになったのはありがたいけど怖いよ笠松くん…。


「お前の大丈夫は聞かない」

「あ、う、その…ええ…」


ガラッとドアを開け保健室を出て行く笠松くんの背中に手を伸ばすが届くはずもなく無情にもドアは閉められ一人部屋に残された。


「笠松くんって…」


意外に強引…?

唖然としながらもひとりになった途端に先ほどの陰鬱な感情がどばっと押し寄せてきて先生がいないのをいいことにのそのそとベッドに移動し布団を頭から被る。

溢れてくる涙を隠すように笠松くんがくれたぬれタオルを目元にあて、私はゆっくりと目を閉じた。







「…あんたみたいなデカ女誰も好きにならないんだから」

「は?」

「誰が言ったかまでは見えなかったんスけど、そう言われてて、それで泣いてたんス、牧野先輩」


牧野を保健室に連れて行ったあとすぐに部活に戻りいつものように汗を流した俺に休憩中そう話しかけたのは黄瀬だった。


「それは、なかなか…牧野さんのコンプレックスを的確にえぐる言葉だな」


感心したように言う森山の表情は口調に反し険しいものだ。
おそらく、自分の顔も。
こいつは牧野を気に入っているから尚更だろう。


「ツラそう、っていうか、諦めたような顔で泣いてて、つい声をかけたら無理に笑って大丈夫って言うからつい大丈夫そうには見えないって言ったらちょうどそこに笠松先輩が来て…」


で、あの状況になったと。
成る程、と頷きながら先ほどの牧野の様子を思い浮かべる。


「あいつ、大丈夫っての口癖か?」

「まあ、気遣い屋ではあるな」


俺も一年だけ同じクラスだったってだけだからよく知らないが…と森山は続ける。


「小掘タイプというか」

「ああ…自分をあまり気遣えないお人好し…なんとなくわかる気がするッス」

「だな」


今頃保健室で泣いているであろうクラスメートを思い浮かべ頷く。

牧野はいつも目立たないように気を遣っていたように思える。目立たないように、ひっそりと、それを望むのならばおとなしくしていればいいのに誰かが日直を忘れていたらかわりに黒板を消し、困っている人間がいたらさり気なく助け、そんな風に動き回るあいつを目で追うようになったのはいつ頃からだっただろうか。


「不器用なやつ」


それだ、と頷く森山を一瞥し、練習を再開させるために俺は声を張り上げた



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