「今の先輩かなり身長高かったスね」
小堀に書類を渡しいそいそと帰って行く牧野を見ながら黄瀬が呟く。
うちの学年で一番背が高い人間と言ったら恐らく小堀で、それが女子だけに限定するなら多分牧野だと思う。
他の女子より頭一つ出ていて男子の中に混ざっても彼女より大きい人間はそう多くはないというくらいの身長。
だからだろうか、彼女のことは一年の頃から知っていた。
「笠松先輩とあんまりかわんないじゃないっすか?」
「うるせぇ!」
余計なことを言う黄瀬の背中を蹴り上げ「ぐだぐだ喋ってないでさっさと練習しろ!」と怒鳴りつければ情けない声をあげながらコートへ入っていく。
にまにまと笑っている森山が、うぜぇ。
「それに、牧野さんは身長はコンプレックスらしい」
聞いてもいないのにそんな情報を口にする森山に激を飛ばしながらボールをぶつけ、その言葉を反芻する。…別に、自分には関係ないことだ。
▽
次にあいつと話したのはその3日後だった。
借りっぱなしだった資料を返しに言った図書館で本棚を見つめていた牧野。
真剣に本棚を見つめるあいつの視線が右へ左へ動いていく。
少ししゃがんで低い位置の棚を見たり、手を伸ばそうとして止めてみたり。そんなよくある挙動に気が付けば釘付けになっていて。
そうして暫く眺めた後に不意にハッとして慌てて視線を逸らす。
何してんだ俺は!そう自分を戒めながらもう一度ちらりと彼女を見ると一番上の棚の一点を見つめていた。そして表情は変わらないものの纏う空気がぱぁぁぁあ、と明るくなるのがわかってその様子にまた釘付けになってしまう。
背の高い彼女は一番高い棚も少し背伸びをすれば簡単に届く。
けれど本がぎっしり詰まっているのかなかなか取れない様で、気が付けば体が動いていた。
彼女に本を手渡せばきょとんとした顔をしたあとに「ありがとう」と小さく笑う。
礼をいう牧野に別に、なんてそっけなく返しながら相変わらず顔は直視出来ず、そんな自分にとっては当たり前なことがやけにもどかしく感じそれに戸惑った。
そんなことをしている内にふと牧野の顔が少し赤いことに気付いた。もしかして具合が悪いのだろうか。
「私、見ての通り大きいからさ、こうやって物を取ってもらったりするの初めてで…なんかちょっと恥ずかしいね」
俺の指摘に照れたように視線をさまよわせ本で顔を隠しながらそう言ってちらりと自分を見上げる彼女にどくん、と胸が跳ねる。
それと同時に急に他の子より彼女の顔との距離が近いことに気付いてしまい、自分の顔が赤くなるのがわかった。
バスケ部にしては低めの自分の身長も平均で言えば高い部類に入る。
だから面と向かって話しても顔を反らせば顔を見られることはそうなかったし、自分も見えなかった。だけど牧野にはそれが出来ない。だからいつも以上に顔が赤くなるのは仕方ないだろう。
「…小堀が羨ましい」
「どうした?いきなり」
部活帰り、牧野に貰った割引券で買った肉まんを見つめながら同じく買った肉まんにかぶりついている小堀にポツリと呟けば小堀はきょとんと首を傾げこちらを見た。
「小堀くらい身長が高けりゃ…」
「なんだ、なんか躓いてるのか?」
「でも今日の練習いつもよりキレがいいくらいじゃなかったッスか?」
小堀と、その後ろからひょこっと顔を出した黄瀬の問いかけに「別にそうじゃねぇけど」と返しながら少し言いよどむ。
「わかっぞ笠松。牧野さんだな!」
森山の言葉に思わずむせれば森山はその反応は当たりか、とにやりと笑う。
「確かに彼女と並ぶには小堀くらいあればちょうど恋人の理想身長差くらいだ。しかし笠松に春がくるとは…それで、どこに惚れたんだ?」
「えっ、笠松先輩に…!?牧野さんってこの間の先輩ッスよね?」
「ちげぇ!」
牧野さんってだ(れ)ッスか?
ああ、笠松のクラスメートで…
そんな会話をしている早川と小堀を後目に森山と黄瀬に怒鳴りつけるように吐き捨てる。
「じゃあ一体なんなんだ」
「うるせぇ!」
「えー、せんぱーい」
「うるせぇっつってんだろシバくぞ!」
「もうシバいてるっス!」
未だにまにまとしている森山をギロリと睨み付け残りの肉まんを口に押し込み鞄からペットボトルを取り出す。
俺はただ小堀くらい身長があればあの距離に戸惑うことがないと考えただけであってあいつがす、好きとかそういうわけじゃねえ。絶対ねぇ。
「(大体あいつみたいなやつは小堀みたいなのが似合うに決まってる)」
胸が僅かに痛んだのに気付かないフリをしながら、俺は一気にお茶を飲み干した。
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