他の生徒に会わないように朝の早い時間に学校へ行くのはこの学校に入学して一番最初に出来た習慣。

前にいきなり絡まれてうっかり相手を投げ飛ばしちゃって逆上されたことがあってそれから朝早い時間に人目を忍んでひっそり登校するようになった。


「(掴みかかられたらつい投げちゃうんだもん)」


殴りかかられたらいなしちゃうし蹴られたら避けちゃうし、それは条件反射でそうしちゃうのだけどそれで相手を逆上させちゃって数人に囲まれたら終わりだ。

だからひっそりと、誰の目にもつかないように
そう、過ごしている。

いつものように裏道から校舎裏に入りすぐ目の前にある扉の鍵を開け身を滑り込ませる。

ここは保健室の奥にある小部屋。

小部屋と言えど畳張りのそこは六畳程の部屋が二つ。部屋の真ん中が襖で仕切られていて保健室へ繋がる扉のある方には水道やコンロ、小さな冷蔵庫や食器棚があり私がいつも過ごす襖の向こうの部屋にはテーブルとカラーボックスが幾つか、それと何故か茶道の道具。

この学校にこんな綺麗な場所があるのかという位落書きもなければ破損個所もほとんどない。
トイレやシャワー室まであって、なんだからアパートの一室みたいだ。
図書館も落ち着くけど、ここには適わない。この学校で唯一安心出来る場所。


テーブルの上には数枚のプリントとメモ用紙。


プリントは現代文と数学、科学、日本史のものでメモ用紙には今日中に終わらなくてもいいから出来るだけ進めるようにと書いてあった。


「(今日中に終わらなくてもいいって…)」


これ、多分三時間くらいで終わっちゃうんだけど。

こういう時は暇だからと顔を見せに来てくれる先生とお茶をするか図書館に行くかしている。
…まぁ、お昼寝しちゃう時もあるけど。





黙々と課題を続けること数時間。
時計を見るといつの間にか昼休みに入っていた。

集中すると時間を忘れるのは悪い癖だ、とため息を吐くが課題は終わったからいいとしよう。


くぅ、と小さく鳴るお腹にお昼にしよう、と立ち上がり襖の向こうの部屋に置かれているケトルに水を入れた、その時。

ガンッ


突然聞こえたドアを蹴り飛ばす音に襖の向こう側に逃げ込む。

誰だろう
今まで先生以外が来ることなんかなかったのに



『チッいねぇのか』

『神崎くーん、何してるの?』

『なんでもねぇよ』



ドアの向こうから聞こえた声は聞き覚えのあるもの。



「神崎先輩…?」



そっと足音を立てないように扉に近づき鍵を開けて少しだけ扉を開ける。



「んだ、いんじゃねぇか」

「あれ、女の子?」



視界に入ったのは相変わらず眉間に皺を寄せ此方を見下ろす神崎先輩とその後ろから顔を覗かす…夏目先輩?だっけ?


「いるんなら最初から出やがれ」

「扉蹴られたら誰だって居留守使いますよ…」


そう小声で呟いたらしっかり聞こえてしまったらしくあ゛ぁ?と凄まれてしまった。うう…


「それで…どうかしたんですか?」

「取りあえず中入れろや」

「………はい」


渋々ドアを開け部屋の中に入ればそれに続いて神崎先輩と…何故か当たり前の様に夏目先輩が部屋に上がってくる。

神崎先輩はなんか不機嫌だし夏目先輩に至っては「こんな部屋あったんだね」なんて愉快そうな様子だ。


私は流しに置きっぱなしだったケトルを設置して二人に座布団を出しついでにお湯が沸いたのを確認して緑茶を入れる。よく先生達にも出すので手慣れたものだ。


「それで…」

「…さっきじじいから連絡が来た」

「え」

「正式に決まったとよ」


えええええ、と慌てて携帯を見れば此方にも竜崎さんからの着信があり婚約が正式に結ばれたとの旨が留守電に入っていた。そういうのって当人とかを交えて…とかじゃないの…?


「…まぁ、そうなるとはわかってましたけど…」

「だりぃ」

「だりぃです」


このやりとり何回目だろ…三回目?



「で、この子だれ?神崎君」


はぁ、とため息を吐いた私に話しかけるのは夏目先輩。
その問いかけに思わず神崎先輩を見ればいつの間に取り出したのか昼食であろうパンを食べながら我関せずを貫いていた。くそう。


「い、一年の東海林都です」

「東海林ちゃんね。うちの女子にこんなまともな子がいるとは知らなかったよ」


そりゃまぁ…他は列怒帝瑠に所属してるし…
家柄を考えるとまともかどうかはあれだけど。
お弁当に入っていたアスパラを食べながら曖昧に笑う。


「まともな子、だからこんな特別待遇なのかな?」


一瞬
本当一瞬だけど夏目先輩の纏う空気が変わったのを感じ思わずほんの少しだけだけど体を神崎先輩の方に寄せる。


「このプリントとか見るとかなり頭いいんじゃない?なんでうちなんかにいるの?」


…まぁ、真っ当な疑問だけど
それを説明するのはかなり面倒というか気まずいというか…
探るような夏目先輩の視線が怖い。


「あ?馬鹿だから石矢魔に来たんじゃねぇのか」

「…この前説明したじゃないですか…」

「死にかけただけじゃわかんねーだろ」


そりゃまぁ、そうだけど…あ、というか…そうじゃん。
あることに気が付きつい怒りやら何やらが込み上げてきてそれに夏目先輩への恐怖も加わりつい涙腺が緩む。


「か、神崎先輩のせいじゃないですかぁ」


ぐすっ、と鼻をすする私に神崎先輩はギョットした顔をする。


「せ、先輩のせいで一週間生死の境をさ迷うことになったんですからね…!」


なんで俺のせいなんだと全く心当たりがないような神崎先輩と何したの?神崎君、と楽しげな夏目先輩。



そう、あれは石矢魔女子の受験前日のことだ。

受験前日だというのに日直の仕事で帰りが遅くなってしまった私は家路を急いでいた。

そして事件は起きたのだ。

川沿いの道を歩いていた私は突然後ろから肩を掴まれ悲鳴をあげる間もなく羽交い締めにされ

なにが怒ったのかと目を見開けば目の前には極悪面の不良

どうやら不良同士の喧嘩に巻き込まれ人質にされたのだと理解した瞬間




―蹴ったのだ。目の前にいた不良が、私を羽交い締めにした状態の不良を、躊躇いなく。



そしてそのまま川にドボン


その私ごと蹴り飛ばした不良が神崎先輩だ。



「ま、真冬の川ですよ…!?しかも前日に雪降って、み、水多いし、苦しいし、たまたま同級生が通りかかんなかったら死んでました…っていうかちょっと心臓弱かったら即死ですよ!?」


止まらない涙を拭いながら必死に語る。

神崎先輩はその時のことを思い出したのか目を反らし夏目先輩に至っては爆笑だ。


「蹴った瞬間先輩がやばって言ったの聞こえましたからね…!やばっじゃないですよ!
そ、それでそのまま倒れて高熱出した挙げ句目を覚ましたら一週間経ってて完全に回復したときには一般入試どころか二次募集すら終わってて石矢魔しかなくて…か、通いたくなくて名前だけ書いてあと白紙で出したのに受かっちゃうし…!」

「あはははは!は、はく、白紙…!」


笑い事ではない。
噂には聞いていたが本当に名前を書ければ合格なんて有り得ない話なんだから。


思い出したらまた泣けてきた…



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