萌葱色の着物に緩く結われた髪、淡く施された化粧。

向かう先は、許嫁こと神崎先輩の待つ料亭。


「…帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい」

「いい加減諦めんか」

「うるさいおじいちゃんのばか」


衝撃事実が発覚したあの日から一週間。
無事に退院した祖父に連れられ神崎先輩との顔合わせを兼ねた食事会を開くと告げられたのは今朝のこと。

あれよあれよと言う間に洋服を剥がれ変わりに着物を着せられ髪を弄られ顔を弄られ。
気が付けば黒塗りの大きな車の中で膝を抱えていた。


「大体なんで当日に言うの…?信じられない…」

「せやかて、前もって言っといたら逃げるやろ」

「その似非関西弁どうにかならいの?いらいらする」

「…竜崎、都が反抗期や…」

「自業自得でございます」


竜崎さんにまで見捨てられた祖父が拗ねだしたが構っている余裕はない。

なんたって相手はあの神崎先輩なのだ。


「うう…おなか痛い…」

そうこうしている間にも時は無情に過ぎ去りついに旅館に着いてしまった。


「帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい」

「まだ言っとるのか…」


ぶつぶつと呟く私に呆れ顔の祖父。
いや、呆れられても。


「神崎組は既に到着しているようです」

「ほう」


ほう、じゃねぇよ

なんてついつい脳内の口調が粗くなる。

神崎先輩たちが待つと言う部屋の前に辿り着けば緊張は最高潮。

…そういえば今日は神崎先輩だけじゃなくて神崎先輩のお祖父さん―つまり神崎組の組長もいるらしい。

一体どんな人なのだろう。組長という人種は祖父がまず浮かぶけどこの人は確実に規格外だし…他の組長だと腹ん中で何考えてるかわからないゲス野郎とかひたすら怖い人とかしか知らないけど…怖い人だったらやだな。



「待たせたのぅ、神崎のじじい」

「おー、遅いじゃねぇか東海林の耄碌じじい」



―あぁ、同類か。

私の中の怖いイメージがガラガラと崩れ落ちる。

祖父と同じ匂いがプンプンと…っていうか神崎先輩スーツ!?凄い着崩してるけど…なんというかヤクザというよりマフィアみたい…。や、なんか睨まれてるんだけどどうしようこれどうする私…!



「耄碌だぁ?テメェにだきゃ言われたかねぇなぁ」

「あぁ?わりぃが俺の方が三つは若いぞ?」

「はっ、たかだか三つで何を…」

「…止めなさい」


ドスッ

いつまでも言い合いを続けている祖父のわき腹を思い切り突く。
痛みに悶えてるけどスルーだスルー。それより、と目を丸くしている神崎先輩のお祖父さんに向き合って背筋を伸ばす。


「…祖父が失礼いたしました。
東海林組会長東海林重蔵の孫の都でございます」


声が震えないように、ただそれだけを気をつけながら挨拶をし頭を下げる。

それを見て座り方を直し「神崎組前会長の神崎正和だ」と挨拶を返してくれる神崎先輩のお祖父さんにもう一度頭を下げ勧められた席―――神崎先輩の正面に座る。
…うう…威圧感が…


「じじいと違ってしっかりした嬢ちゃんじゃねぇか。一には勿体ねぇくらいだ」

「全くじゃ。お前の孫なんざ若い頃のお前とそっくりで気にくわんわ」

「おじい!」


いい加減にしないとおばぁちゃんに電話するからね、と祖父にしか聞こえないくらいの声で言えばぱっと静かになるじぃ。
ヤクザの組長でも嫁には頭があがらない。


「一、挨拶しなさい」


祖父が黙ったことにより一瞬生まれた静寂は神崎先輩のお祖父さん…長いな。正和さんの言葉によって破られた。


「…神崎組会長神崎正和の孫の一…です」


明らかに敬語を使い慣れていないたどたどしい挨拶。

敬語似合わないなぁ、神崎先輩。

おじいちゃんのせいか緊張はなんとなくほぐれ少しだけ心に余裕が生まれる。


…あのピアスのチェーン、喧嘩の時とか引っ掛けたりしないのかな。引っ掛けたら痛そう…

そんなことを考えられるくらいには。


「都ちゃん、でいいか?学校はどこに通っているんだ?」

「え、あ…えっと…石矢魔、です…」

「…石矢魔女子?」

「……石矢魔高校、です」


言い辛そうに答える私に正和さんは目を見開き神崎先輩に至っては「は?」と声を上げる。

うえ…だから答えたくなかったんだ…。


「本当なら石矢魔女子に行っとる筈やったんやけどのう」

「…しょうがないじゃん。冗談じゃなく死にかけてたんだから…」


茶化すように言うじぃにぼそぼそと答えれば何かを察したのか特に追求せずにそうか、と苦笑する正和さん。
な、なんか誤解されてそうな気がする。


「石矢魔なら一と一緒か」

「は、はい」

「あそこは色々治安が悪いだろう」

「あ…あー…」


そのトップにあなたのお孫さんがいらっしゃいます、とは言えず曖昧に笑って誤魔化す。

治安?悪いなんてレベルじゃないよ本当…


「確か女子は全員レッド…なんだったか…」

「列怒帝瑠」

「それだ。列怒帝瑠に入っていると聞いたが」

「あ、私は無所属で…」


そんなやついるのか、と言った顔の神崎先輩に言いたい。
喧嘩も出来ない人間があんなとこ入っても足手まといになるだけだと。


「誰に似たんだか妙にへたれやからな…うちの組員は平気なくせに」

「…そりゃ、小さい頃から顔に傷あったり指が無かったりなんか厳つい人の中で育ったらそれが普通になるしみんな普段は怖くないもん。…お菓子くれるし」

「…見事に餌付けされおって」

「う、うるさい。それにいつもは父さんや竜崎さんが一緒だから襲われたりしなかったし…ヤクザの方が怖くないんだもん」


小学生の頃まで祖父の家でヤクザに囲まれて育った私はヤクザというものに対して妙な耐性がありヤクザ…特におじいちゃんの家が関西にあるためか関西の組の人間はあまり怖くない。

だけど不良は違って耐性はないしこっちには東海林組の名前を知っている人はいない、更に若さ故の勢いっていうか…そういうのが怖いのだ。


「ま、ヤクザが平気ならうちに嫁いでも平気だな」


ゲラゲラと笑う正和さんに今にも舌打ちしそうな表情の神崎先輩、そしてむぅ、と唸っている祖父。



一体、どうなるんだか考えただけで胃が痛くなる。



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