ごろん、と畳の上に寝転がる。
行儀が悪いとわかりつつも襲い来る眠気には勝てない。

隣の部屋からは相変わらずおじいちゃん達の宴会の声が聞こえてきて、それがまた眠りを誘う。


「おい、こんなとこで寝んな」

「うう…眠い…」


壁に背中を預けあぐらをかいた状態で片足を立て、立てた足の膝に手を置くはじめ先輩は全く眠そうな気配がない。

仕方なく体を起こしよろよろとはじめ先輩に近寄る。

最近よく考える。
はじめ先輩は出会った頃よりも私に甘くなったし私もはじめ先輩のことを怖がらなくなった。…まあ、凄まれると怖いけど。
2人の距離は確実に近くなりお互いの家族とも何度も会って、なんていうか、なんだろう、本当に


「…婚約者みたい」

「はあ?みたいじゃなくそうだろーが」


ボケたか、と真顔で私をみるはじめ先輩にボケてないです、と返しながらはじめ先輩の隣に腰掛ける。


「初めて会った頃より婚約者らしくなったのかなって」

「…そうか?」

「…多分」


窓に映った私たちを見る。あの顔合わせの日、部屋を抜け出し2人並んではじめ先輩はヨーグルッチ、私はココアを飲んだあの時はこんなに距離は近くなかった。はず。

でもこの婚約はじいちゃん達が決めたもので、私たちはそれに流されただけ。なのにこうやって距離が近付いていくのがなんとなく不思議で。

ああ、そっか、はじめ先輩も家の決まりだから私の婚約者やってるだけなんだ。
当たり前だけど少しだけ胸がツキンと痛む。

例えば、私が婚約を解消したいと言ったらいろいろ大変だろうけど多分じいちゃんは聞いてくれる。借りの返し方は他にもあるだろうから。
そしたらはじめ先輩はあっさり私の婚約者じゃなくなり私達の縁もきれて他の人と付き合って、結婚して、子供が出来て、幸せになるのかな。

はじめ先輩は婚約を嫌だと言わなかったけどそれは言えない立場だったから。
はじめ先輩はなんだかんだ家が、組が、家族が、組員が、大好きで大切だから。


「…はじめ先輩、」

「あ?って、なんつー顔してんだお前!」


私の呼びかけにはじめ先輩はちらりとこちらを見た後ぎょっとしたように目を見開き声をあげる。はじめ先輩の目に映った私は馬鹿みたいに情けない顔をしていた。


「はじめ先輩、婚約、嫌になったら言って下さい。絶対、絶対言って下さい」

「な、なんだよいきなり」

「言わないとこのままずっと婚約者のままで結婚までいっちゃいますからね、はじめ先輩が嫌なら結婚、したくないから、だから絶対言ってください。祖父とかはちゃんと説得するから、だから、」


家のためとかそういうの考えずに、嫌だったら言ってほしい。
はじめ先輩が幸せになる道があるなら、それを私のせいで諦めるのだけは、嫌だから。


「…お前こそどうなんだよ」

「え?」

「最初っから嫌がんねーけど嫌だろ普通。家に結婚相手決められんの。つーか嫌ならこんな回りくどい言い方しないでハッキリ言やいいだろ」


はじめ先輩の言葉にぽかんとしたあとぶわっと耐えていた涙が溢れ出しはじめ先輩が再びぎょっとした顔になる。


「は、はじめ先輩のばかぁ」

「は!?」

「ばか、強面、禿げちゃえ」

「テメェ喧嘩売ってんのかああ゛?」

「す、好きだから泣いてんじゃないですか!」


なんで通じないんだ嫌だったら嫌って言うしこんな風に馬鹿みたいに悩んだりしないのに、はじめ先輩のこと好きだからこんな、こんな涙が止まんないのに。


「だ、だから、でも、ずっとこのままだとはじめ先輩が他の人好きになったり私が嫌になったりしても結婚しちゃうから、結婚出来ちゃうから、嫌なら嫌だって言ってほしいって言ってるだけじゃないですか!な、なんで私が婚約いやがってるって…嫌なら嫌だって言います!はじめ先輩のばか!」


うぐうぐと子供みたいに泣きじゃくる私にテンパるはじめ先輩はつくづく泣かれるのに弱いと感じる。多分、男鹿君もそういうタイプだ。

そういう不器用なところとかも好きだとか言ったらどうするだろう。照れ隠しに叩かれるかな、嫌がられたらどうしよう。


「泣くなっつってんだろ!」


グイッと腕を引かれ暖かいものに包まれる。何か固いものに鼻があたり、少しだけ痛い。
それがはじめ先輩の胸板ではじめ先輩に抱擁されているのだと気付いた瞬間カッと顔に熱が上るのがわかった。


「い、言ってないです」

「言った。心んなかで」

「なんですかそれ」


めちゃくちゃだ、なんて悪態を吐きながらはじめ先輩の胸に額をつける。…あったかい。


「大体はじめ先輩が的外れなこと言うから…」

「テメェがいきなり変なこと言い出すからだろ」

「だって、考え出したら不安になったんだもん…」


関係だけは、肩書きだけはあって。でもお互いの心は知らないままだから。
今まで考えないようにしてたけど。


「そもそも今までなんも言わなかったじゃねーか。…好きとか」

「言わなくてもまあ許嫁には変わりないしって…でもそう思ってるのは私だけかなって、思っ、て…」


うう…とまた涙が溢れてはじめ先輩の洋服に吸い込まれていく。

気付いたのは城山先輩が怪我した日だった。

あの時、いかに自分が石矢魔のみんなが好きか実感して、同時にはじめ先輩への気持ちにも気付いた。

はじめ先輩の広い背中に腕を回してぎゅっと力を込める。
私の好きな、におい。


「あー、あれだ…俺だって一緒っつーか」

「え?」


一緒?何が?
僅かに顔をあげて先輩を見れば真っ赤な顔をしていて。


「つーかな、あれだ、そうじゃなきゃさっさと脅して婚約なんか破棄してるっつーの!」


照れのあまりかキレだす先輩に「耳元で叫ばないでください」なんて可愛げのないこと言って。
隣同士で座っているところから抱きしめられた無理矢理がもどかしくて胡座をかくはじめ先輩の膝の上に乗っかる。

なんていうか、空気が甘い。


「はじめ先輩」

「あ?」

「好きです」

「…おー」


別に好きだと告げることに照れたりはしないけど(一度夏目先輩に東海林ちゃんてあんまり照れたりしないよね、と言われたことがある)はじめ先輩の普通より早い鼓動に少しだけ照れたり。



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