同級生だった頃の彼女はあまり目立たなく、記憶を掘り起こしても頭が良かったかもしれない、くらいの印象しか出てこない影が薄い人だった。
それでも彼女のことを覚えていたのは一度だけ、不良に絡まれて半泣きで逃げ出すところを見たからかもしれない。
ああ、彼女は不良が怖いのか。
けれど足がすくむんじゃなく逃げ出すだけの強さはあるのか。
そう思ったのを僅かに覚えていて。
だから、彼女が石矢魔に通っていると知ったときは何かの間違いなんじゃないかと思った。
それが仮に本当だとして、彼女は馴染めずに辛い思いをしているのではないかと。
だけど実際は石矢魔の不良達に馴染んではいないもののその中に溶け込み泣くこともなければ怯えることも殆どなくその場にいるように見えた。
あの頃は決して見せなかったような笑顔を浮かべて。
「みんなに手、出しちゃ駄目」あの時、出馬さんが出した殺気に臆することなく止めに入り
「私は石矢魔だもん。男鹿君は友達だもん。と、東条先輩は面識ないけどうちの生徒、だもん」男鹿を友達と言い
「な、なんのために城山先輩が無抵抗貫いたと思ってるんですか!」目に涙を浮かべながら石矢魔の生徒に怒り
「もう、誰も怪我しちゃ、いやです」そして、最後までやつらを案じ意識を失う彼女に
どうしようもなく、胸がざわついた。
彼女が東海林組の会長の孫だと出馬さんに聞いた。
東海林組。奈良にいた頃嫌と言うほど聞いていた名前だった。
ただ、彼女とヤクザが繋がらなくて
けれどなんとなく納得している自分がいた。
彼女が登校しているのを確認し出馬さんと共に彼女を呼びにいく。
何度か逃げようとしたり気まずそうにする彼女はあの頃の彼女に見えてけれどやっぱりあの頃よりも強く見えた。
「私は自分を傷付ける人が嫌いです。だけど自分の大切な人を傷つける人はもっと嫌い。自分と大切な人達が平和なら別に他はどうでもいい。だから大切な人を傷つける人には容赦できない」
凛とした顔でそういう彼女に胸がざわついた。
彼女の言葉は終始わがままで自分勝手で、残酷で。
だけどその全てが彼女の強さを表しているように覚えた。
彼女は本当に石矢魔の連中が好きで、大切で、守りたい。あの病院に送られた男子生徒の意思を反しないように、けれど自分の大切な人間を傷つけた人間に罰を与える。
自分と自分の大切な人間以外はどうでもいい。
それはなんて自分勝手な考えだと思う反面自分の本当に守りたいものを知っている彼女は自分よりも強い人間なのかもしれない。そう思うほどに。
立ち上がり踵を返す彼女を見やる。
強くならはりましたね
そんな出馬さんの言葉に首を横に振る彼女。
「…変わってないよ。昔からへたれで弱虫なまま」
自分の弱さを自覚することも強さだ。
そう言ったのは誰だったか。
「変わったっていうなら、多分近い将来"お嬢"じゃなく"姐さん"になるからじゃない」
さらっと言われた言葉。
お嬢じゃなく姐さんに。それが彼女の心境にどういう影響を与えるかは自分にはわからなかった。
でも、そうか
彼女はあの神崎とかいう男子生徒の許嫁なんだったか。
彼女はそれから一言二言話し、再び出口に向かい歩き出す。
そしてすれ違い様に彼女に告げられた言葉
それはやっぱり何故だか僕の胸をざわつかせることになる。
「…無知は罪って言葉知ってる?」
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