「随分様子が変わるんだね」
「うえ!?び、びっくりした…夏目先輩?え、なんでここに」
要君達から解放され部屋を出た私を出迎えたのはさっきまで体育館にいた筈の夏目先輩。
不思議な組み合わせにきょとんとする。
「東海林ちゃんが帰ってこなかったから探してたらたまたまねー」
「え、探して…ごめんなさい」
「いいよ。代わりにいいもの見れたから」
いいもの?と首を傾げる私に夏目先輩はクスリと笑い、「凛々しい東海林ちゃん」と語尾にハートでもつきそうな言い方で言った。
凛々しい…?あ、そういえばさっきもなんか…なんだっけ?随分様子が変わるんだね?だっけ?
確かに、いつもよりおどおどはしてなかっと思う。っていうか、まあ、怯んでもなかった、筈。
「要君がいたじゃないですか」
「出馬?」
「はい。
えっと、要君は私をお嬢って呼んでて、あくまで私を"東海林組のお嬢"って扱ってたんです。
だから私も要君の前ではお嬢でいなきゃいけなくて、そうである以上あんまり隙見せちゃいけないっていうか…まあ、要君がどうこうってよりあの人達嫌いだから自然とそう切り替わったのもあります」
東海林の"お嬢"である以上敵に無様な姿は見せてはいけない
それは姐さんと呼ばれていたお祖母ちゃんの教えだった。
しゃんと背筋を伸ばし、真っ直ぐ怯まず座る
それだけはしっかりしなさいとずっと教わってたから。
「じゃああれはお嬢モードなんだ?」
「モード…まあ、はい。
って、あ!」
「ん?」
「さ、さっき、どこから…」
あああ忘れてたよどこから聞かれてた…!?なんかいろいろやばいこと言ってた気が…!
「んー、最初からかな?」
にっこりとそりゃあもう楽しそうに笑う夏目先輩に顔が真っ青になる。
「いやぁ、まさか自主退学してたとはね?」
「あ、う…」
「そっか、お話してもらったんだ?」
「うう…み、みんなには言わないで下さい…!」
重々承知してたけど最近夏目先輩更に輪をかけて意地悪だ…!
じわじわと責められ半泣きになりながら夏目先輩の腕を掴み顔を見上げる。
「なんで?」
「だ、だって…」
さっき要君達にはああ言ったけど、やっぱり心配なことがあって。
「こ、後悔はしてないですけどあ、あんなことしたってバレたら…」
「…もしかしてさ、嫌われるとか心配してる?」
こくん、と頷く私に夏目先輩は珍しく呆れたように小さく笑って、まるで城山先輩がするみたいに私の頭をぽん、と撫でた。
「それくらいで嫌われるって思ってるの?」
「だって…私が受け入れてもらってるのは人畜無害だからで、だけど自分の手を汚さずあんなことしてて、そ、そんな人間だって知ったら嫌にならないとは限らないじゃないですか…!」
嫌われるのが怖いのは初めてだった。
あんなに怖かったのに今はみんなが大切で、だから、
「馬鹿だね」
むに、と左右のほっぺたを掴まれ呆れたように笑われる。
「それくらいで嫌わないのに」
「い、いひゃいです…!」
「大体人畜無害ではないし」
「へ?」
「臆病で怖がりだけど妙に生意気で口悪いし」
ゴムのように思い切り引っ張ったあとぱちん、と私のほっぺたを離してくすくす笑う夏目先輩。
「だ、だってそれは…」
「それを許しちゃうくらいには可愛がってるつもりだけど」
夏目先輩の言葉にぽかんと先輩を見る。
「あはは、何その顔」
「え、あ、だって、あれ、許されてるのははじめ先輩の…」
「婚約者なのはこの間知ったばかりだし神崎君の知り合いだからって生意気だったら…ね?」
め、目が笑ってないです…
でも、そうなのかな。可愛がられてるのかな。
「ま、今回は特別にナイショにしておいてあげるけど」
姫ちゃんとかはともかくせめて城ちゃんや神崎君くらいは信じてあげたら?
―夏目先輩のその言葉が、なんでかちょっとだけ胸にしみた。
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