我が家に猫がやってきた。
灰色の毛並みにオリーブ色の瞳。人懐っこいけどちょっと臆病な男の子だ。
名前は"くー"。昔飼っていた愛犬みくの名前を受け継ごうとも思ったのだけど流石にそれは、と思いみくから一文字とってくーとなった。
本当はコタロウにしたかったけどみんな(特に猿飛と小十郎さん)に止められたため断念。
風魔小太郎とかも同じ時代に存在してたりしてたのだろうか。
くーが我が家に来てから今まで以上にみんなが来る回数が増えたように思える。
特に元就とか元就とか、元就とか。
みんなくーが可愛くて可愛くてしょうがないのもあるけど、くーに会う、という口実が出来たから気安くなったのだと小十郎さんが小さく笑いながら教えてくれた。
口実なんてなくてもいつでも来てくれていいのに、と言った私に「右目の旦那に気を使ってたんじゃない?」なんて笑ったのは猿飛だったか。
二人きりの時にたまにだけど小十郎さんが寂しそうにしているんだけども…それは彼の沽券のために内緒にしておこう。寂しいのは私も一緒だし。
「ただいま!」
「ん、おかえりー慶次」
お邪魔します、じゃなくただいま。その挨拶に毎回嬉しくなる。
慶次だけでなく、幸村も猿飛も政宗も小十郎さんも、元親も、元就までもがみんなこの家に入るときは「ただいま」と言ってくれる。それが嬉しくて、そのたびに私はへらりとだらけない顔をしながらおかえりと言うのだ。
「キキッ!」
「夢吉もおかえり。今お茶入れるから座ってて」
慶次と自分の分のお茶を入れ、ついでにせんべいと夢吉用のバナナをお茶と一緒お盆に乗せて慶次に渡す。
慶次がそれらをテーブルに並べている間に慶次の正面に腰を下ろした。
くーはいつの間にか慶次の膝の上を陣取って丸まって気持ちよさそうに眠っている。
くーは人の膝の上が大好きなのだ。
「それで?」
「へ?」
「なんかあったの?」
お茶を飲みながら尋ねた私に慶次は一瞬目を見開いた後、「なんで?」と取り繕う。
が、案外慶次は嘘が下手なのだ。
「眉が下がってるよ」
「…かなわないなぁ」
諦めたようにへらっと笑う慶次に「そう?」なんてとぼけて小さく笑う。
慶次は息をするように嘘をつく時がある。いや、正しくは"あった"。
それは大体は誰かのための優しい嘘。
だけどこちらの世界の…今の慶次はあの頃より嘘をつくのが少しだけ下手になったように感じる。
嘘をつくと眉が下がる癖のせいもあるけど。にかっとした、周りの人間も笑顔にするような明るい笑顔で誤魔化されることもあるんだけど…今日は多分話を聞いて欲しくて来たんだろうから。
だから誤魔化されてあげない。
「なんでわかったんだい?」
「だって慶次、私と2人になろうとしなかったでしょ」
いつもは元親や政宗と共にここにやってくる慶次。
なのに今日は家に私しかいないのを知りつつ来たから。
「だからなんかあったのかなー、と」
「…それもバレてたのか」
「まぁね」
大方、小十郎さんに遠慮してるってとこか。
小十郎さんは慶次が私に告白したことを知っているし。
本当、お人好しだ。
「…実はさ、ちょっと悩んでることがあってさ」
そう言って切り出す慶次。
「悩み?」
「情けないことに、将来のことなんも考えてなくてさ」
あっちで生きてた頃のように毎日ふらふら気の向くままに生きて、恋に喧嘩に口出ししながらここまで来たけどさ、
「さぁ就職だってなったとき、なにやりたいとか思い付かなくて」
「何をしたいかわからない、かー」
うーん、と唸りながら高校のとき同じように悩んでいた友人を思い出す。
そのとき私は確か「大学で見つければいいんじゃない?」と言い、実際彼女は大学で夢を見つけ今は化粧品会社に勤めている。
…化粧品?
「慶次、本当になんにもないの?やりたいこと」
「全く浮かばないんだよなー、好きなことと言っても喧嘩や恋の手伝いとかしかないし」
「恋かぁ…恋する女の子って可愛いよね」
「そうなんだよ!だからオレもつい応援したくなって…」
恋する女の子や男の子、ひいては恋の素晴らしさまで語り出した慶次ににやっと笑う。
「ね、恋する女の子が一番輝く場所ってどこだと思う?」
「そりゃあ好きな男の子の前だろ?」
「そうじゃなくてさ、あー、女の子だけじゃない、恋人同士が一番輝く場所だよ」
「……結婚式、かい?」
「そう」
大体の場合一生に一度しかない、恋人達が一番輝いて恋人から夫婦に変わる結婚式。
「結婚式、興味ない?」
「結婚式…」
「その日、その女性を世界で一番輝いている女性に。そのカップルを世界で一番幸せにする手伝いをする仕事。
知り合いがね、ブライダル関係の仕事をしてて確かバイトを探しているんだ。仕事の出来によっては正社員にも昇格出来る。
少しでも興味があるなら、やってみない?」
誰よりも恋の素晴らしさを語れる慶次だから、きっとぴったりだと思うんだ。
「あ、勿論あわなかったら辞めてもいいし」
どう?
なんて訊ねながらももう答えはわかっているようなもんだ。
パアッと明るくなった、慶次の表情を見れば。
それからしばらくして慶次は友人の働く店で働きだし、そこの看板スタッフにまでなるのだけど…それはまた別の話。
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